- 二人で作業すると、相手の存在を意識して自分の脳の処理時間がそろうことを、実験で調べた。
- ハイパースキャニングEEGで実際のペアと偽のペアを比べ、N2とP3が実際のペアで時間をそろえる傾向が見られた。
- 自分と相手を別々に処理していない可能性が示され、共同作業中は脳の処理が同じタイミングで進むと考えられた。
人は「一緒にやっている」とき、脳の時間がそろっていくのか
誰かと並んで作業をしているとき、実際には自分しか動いていない瞬間があります。
それでも、相手の存在をどこかで意識し、動くタイミングを微妙に調整している感覚を覚えたことがある人は多いのではないでしょうか。
今回紹介する研究は、こうした感覚が単なる主観ではなく、脳の活動の時間構造として本当に「そろっている」のかを調べたものです。
しかも注目されたのは、「実際に動いた人」だけでなく、「動かなかった人」の脳活動も含めた、二人分の脳の関係でした。
この研究を行ったのは、イタリア・モデナおよびレッジョ・エミリア大学、ローマ・サピエンツァ大学、IRCCSサンタ・ルチア財団などによる研究チームです。
共同作業を調べるための「ジョイント・サイモン課題」
研究で用いられたのは、「ジョイント・サイモン課題」と呼ばれる実験課題です。
これは、人が他者と一緒に行動するとき、どのように相手を心の中で扱っているかを調べるために、長年使われてきた課題です。
二人は横に並んで座り、画面に出てくる色付きの四角を見ます。
一人は「赤が出たら反応する」、もう一人は「緑が出たら反応する」といったように、それぞれが担当する刺激が決まっています。
重要なのは、一つの試行で反応するのは必ず一人だけだという点です。
片方がボタンを押すとき、もう片方は「押さない」ことが求められます。
この課題では、刺激が自分の側に出たときのほうが、相手側に出たときよりも反応が速くなる傾向があります。
この差は「ジョイント・サイモン効果」と呼ばれ、人が相手の役割や行動を、無意識のうちに自分の行動計画に組み込んでいる可能性を示すものとして議論されてきました。
今回の新しさは「二つの脳を同時に測る」こと
これまでの研究の多くは、共同作業中であっても「一人の脳」だけを分析していました。
しかしこの研究では、**二人の脳波を同時に記録する「ハイパースキャニングEEG」**という方法が使われました。
参加したのは、44組・合計88人の大学生です。
二人一組で課題を行いながら、それぞれの頭皮上に電極を装着し、ミリ秒単位で変化する脳の電気活動を同時に記録しました。
研究者たちは特に、次の二つの脳波成分に注目しました。
-
N2
刺激が出てから約200ミリ秒後に現れる成分で、葛藤の検出や反応の抑制に関わるとされています。 -
P3
約300〜500ミリ秒後に現れる成分で、刺激の評価や行動制御に関係すると考えられています。
「脳のジョイント・サイモン効果」という新しい指標
この研究で特徴的なのは、「脳のジョイント・サイモン効果(EEG-JSE)」という新しい考え方を導入した点です。
これは、
対応している配置(自分側)と、対応していない配置(相手側)で、N2やP3が現れる時間がどれくらい違うか
を指標にしたものです。
重要なのは、これを
-
実際に反応した人(Go側)
-
反応しなかった人(NoGo側)
それぞれについて計算したことです。
つまり、行動としては何もしていない人についても、
「脳内ではどれくらい配置の違いを処理していたのか」を数値化したのです。
行動レベルでは、従来どおりの効果が確認された
まず反応時間を見ると、これまでの研究と同様に、
刺激が自分側に出たときのほうが、相手側に出たときよりも速く反応していました。
差は平均で約10ミリ秒でしたが、統計的には明確なジョイント・サイモン効果が確認されました。
驚くべき点は「動かなかった人の脳」でも同じ処理が起きていたこと
脳波の分析では、反応した人だけでなく、反応しなかった人の脳にもN2やP3がはっきり現れていました。
これは、「何もしていないように見える人」も、
相手の行動や刺激の位置を処理し、葛藤や制御に関わる脳活動を行っていることを示しています。
特に、刺激が相手側に出た場合、
反応しない人の脳でも、葛藤を示すN2の大きさが増していました。
研究者たちはこれを、
-
自分が反応しそうになるのを抑える処理
-
あるいは、相手の葛藤を「代理的に」体験している可能性
の両方から解釈できると述べています。
本題:二人の脳は「同じタイミングでズレていた」
この研究の核心はここです。
研究者たちは、実際のペア(同時に課題を行った二人)と、
無作為に組み合わせたペア(同時に行っていない二人)を比較しました。
その結果、実際のペアでは、
-
N2の時間差が、頭頂寄りの部位(Cz)でそろっていた
-
P3の時間差が、前頭部寄りの部位(Fz)でそろっていた
ことが分かりました。
つまり、
対応・非対応によって生じる脳内の「時間のズレ」が、二人の間で一致していたのです。
これは、単に似た課題をしていたから起きた現象ではありません。
同時に共同で課題を行っていたペアにだけ見られ、ランダムな組み合わせでは起きませんでした。
「自分と他者」を別々に処理していない可能性
この結果は、共同作業中に人が、
-
自分の行動
-
相手の行動
を完全に別々のものとして扱っていない可能性を示唆します。
反応する人としない人で役割は分かれていても、
脳の中では**「同じ構造の処理」が、似たタイミングで進行している**。
研究者たちは、この現象を
自己と他者の統合(セルフ・アザー・インテグレーション)
という枠組みで捉えています。
行動を無視したほうが合理的でも、人は同期してしまう
興味深いのは、この課題では、
理論的には「相手を無視したほうがパフォーマンスは良くなる」点です。
それでも人間の脳は、
相手の存在を自動的に取り込み、
結果として個人の効率を少し犠牲にしながら、共同的な処理状態に入ってしまいます。
この研究は、そのことを「二人の脳の時間構造」という形で示しました。
結論を閉じずに
この研究は、
「共同で何かをするとき、人の脳はどこまで一つのシステムになるのか」
という問いに対して、強い示唆を与えています。
ただし、どちらの脳がどちらに影響しているのか、
あるいは意識的な関係性や親密さがどう関わるのかなど、
まだ答えられていない問いも多く残されています。
それでも、
人と一緒にいるだけで、脳の時間がそろい始める
という事実は、
私たちの日常的な「一緒にやっている感覚」を、
少し違った角度から照らしてくれるように思われます。
(出典:PLOS One DOI: 10.5281/zenodo.15387447).)

