- 現場で従業員が「少し曖昧なお願い」をする現象をファジー・リクエストと呼ぶ。
- 意思決定は価値イメージ、軌道イメージ、戦略イメージの3つで成り立つとされ、正しさの判断や結果の期待が影響する。
- 規範的正当性と自分の役割への自信がお願いしやすさに関係し、迅速さと品質の期待が後押しする一方、ルール重視は抑制することがある。
サービス現場で生まれる「少し曖昧なお願い」
レストランで混雑しているときに「相席をお願いできますか」と声をかけられた経験は、多くの人にあると思います。このお願いは、サービスの決まりに明確に書かれているわけではありません。しかし、非常識とも言い切れず、現場では自然に行われています。本論文が扱うのは、このようなサービス現場でフロントライン従業員が行う、ルールからわずかに外れたお願いです。研究ではこれを「ファジー・リクエスト」と呼んでいます。
ファジー・リクエストは、顧客に不快感を与えることもあれば、サービスを円滑に進める助けになることもあります。これまでの研究では、顧客がこのお願いをどう受け取るか、あるいはサービス成果にどのような影響が出るかが主に検討されてきました。しかし、「なぜ従業員自身がそのお願いをしようと考えるのか」という点は、ほとんど明らかにされていませんでした。本論文は、その空白に正面から向き合っています。
研究の目的と視点
この研究の目的は、フロントライン従業員がファジー・リクエストを行うまでの心の中のプロセスを明らかにすることです。研究者たちは、従業員の行動を単なる合理的判断の結果としてではなく、価値観や期待、これまでの経験が絡み合った意思決定として捉えました。
そこで用いられたのが「イメージ理論」です。この理論は、人が意思決定を行う際に、単に損得を計算するのではなく、「自分にとって正しいか」「どんな結果を期待しているか」「どう行動するのがいつものやり方か」といった複数のイメージを照らし合わせて判断すると考えます。研究者たちは、この枠組みが、曖昧で状況依存的なファジー・リクエストを理解するのに適していると考えました。
イメージ理論という考え方
イメージ理論では、人の意思決定は三つのイメージによって支えられていると考えられます。一つ目は「価値イメージ」です。これは、その行動が正しいか、許されるかといった価値観や規範に関わるものです。二つ目は「軌道イメージ」です。これは、その行動によってどんな結果を目指しているのか、どんなゴールを思い描いているのかを示します。三つ目は「戦略イメージ」です。これは、そのゴールに向かうために、どんなやり方や習慣を使うのかという行動計画にあたります。
本研究では、ファジー・リクエストを行うかどうかも、この三つのイメージの組み合わせによって決まると考えました。
価値イメージ:そのお願いは正しいのか
まず価値イメージとして注目されたのが、「規範的正当性」と「役割への自信」です。規範的正当性とは、そのお願いが社会的に見て妥当で、受け入れられるものだと感じられるかどうかです。たとえば、相席のお願いが無理な要求ではなく、状況的に理解されるものだと従業員が感じているかどうかがこれに当たります。
もう一つの要素である役割への自信は、自分が従業員としてきちんとサービスを提供できている、対応できるという感覚です。この自信があるほど、多少リスクのあるお願いであっても、「自分ならうまく対応できる」と考えやすくなります。
研究の結果、規範的正当性も役割への自信も、ファジー・リクエストを行う傾向と正の関係があることが示されました。つまり、そのお願いが正しいと思え、自分に自信があるほど、従業員はお願いをしやすくなります。
軌道イメージ:どんな結果を期待しているのか
次に軌道イメージとして扱われたのが、「期待される迅速さ」と「期待される技術的品質」です。期待される迅速さとは、そのお願いによってサービスが早く進み、待ち時間が減ると従業員が考えているかどうかです。一方、期待される技術的品質とは、サービス全体がうまく完了し、混乱なく提供できると感じているかどうかを指します。
分析の結果、これら二つの期待も、ファジー・リクエストを後押しする要因であることが確認されました。従業員が「このお願いをすれば、サービスがスムーズになる」「結果的に良いサービスにつながる」と考えるほど、実際にお願いをする可能性が高くなっていたのです。
価値から期待へとつながるプロセス
本研究で特に重要なのは、価値イメージと軌道イメージの関係です。結果からは、規範的正当性や役割への自信が直接お願いを生むだけでなく、「うまくいきそうだ」という期待を通じて、間接的にも影響していることが示されました。
つまり、「これは正しいお願いだ」「自分なら対応できる」という価値判断があるからこそ、「サービスが早く進むはずだ」「品質も保てるはずだ」という期待が生まれ、その期待が実際の行動につながっていく構造が見えてきます。
戦略イメージ:習慣とルールの影響
三つ目の戦略イメージとして検討されたのが、「習慣」と「サービスルールへのコミットメント」です。習慣とは、これまでの経験から、そのお願いをすることが自然な行動になっているかどうかを指します。一方、サービスルールへのコミットメントは、決められたルールやマニュアルをどれだけ重視しているかという姿勢です。
興味深いことに、習慣そのものは、直接的にはファジー・リクエストの頻度と強く結びついていませんでした。ただし、「素早く対応したい」という期待がある場合には、習慣が強いほど、その期待が行動に結びつきやすくなることが示されました。
一方で、サービスルールへのコミットメントは、ファジー・リクエストを抑制する方向に働いていました。ルールを強く重視する従業員ほど、たとえサービスの質を保てると考えていても、ルールから外れるお願いは控える傾向があったのです。
この研究が示す意味
本研究は、ファジー・リクエストが場当たり的に生まれているのではなく、従業員の価値観、期待、そして行動スタイルが組み合わさった結果であることを明らかにしました。お願いが適切かどうかは、その人が何を正しいと感じ、どんな結果を思い描き、どんなやり方を身につけてきたかによって左右されます。
この視点は、サービス現場でのトラブルを単に個人の問題として片付けるのではなく、環境や教育、ルール設計のあり方を考え直す手がかりを与えてくれます。ファジー・リクエストは、うまく使えばサービスを支える柔軟性にもなり得る一方で、ルールとのバランスを欠くと摩擦を生むこともあります。本論文は、その分かれ目がどこにあるのかを理解するための、重要な一歩を示しています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1672141)

