道徳は、いつからそこにあったのか?

この記事の読みどころ
  • 道徳は時代とともに変わるもので、固定された基準ではないという考えが紹介されている。
  • HistMoralという枠組みを使い、言語データと歴史的文章の共起情報から道徳の関連性と方向性を推定する方法が提案されている。
  • 病気や政治など社会の変化が道徳の語られ方に影響し、同じカテゴリの概念は似た道徳変化をたどるが、重要性を失うこともあると結論づけられている。

道徳はいつ、どのように生まれるのか

私たちは日々の生活の中で、「それは正しいのか」「それはよくないことではないか」と自然に判断しています。しかし、その判断の基準となる道徳は、最初から固定されたものではありません。ある行為や考え方が、かつては問題視されなかったにもかかわらず、時代が進むにつれて強く非難されるようになることがあります。このように、もともとは道徳的に中立だった概念や対象が、時間をかけて善悪の評価を伴うようになる過程は、心理学ではモラライゼーション(道徳化)と呼ばれています。

従来の研究が抱えていた限界

これまでの道徳化研究の多くは、喫煙や中絶、ベジタリアニズムなど、特定のテーマを対象に、比較的短い期間での変化を実験的に調べるものでした。こうした研究からは、怒りや嫌悪といったモラル感情や、害や利益に関する推論が道徳化に関与することが示されてきました。しかし、こうした方法では、数十年から百年以上にわたる長期的な道徳の変化や、多様な概念を横断した全体像を捉えることは困難でした。

言語から道徳を読み取るという発想

近年、人工知能や自然言語処理の分野では、大量の文章データを用いて、人間の価値観や道徳的判断を推定しようとする試みが進んでいます。単語の出現頻度や共起関係、あるいは言語モデルが内部に持つ意味表現を分析することで、社会の中で何が道徳的に重要視されてきたかを探る研究です。

ヒトの連想を手がかりにした新しい枠組み

この研究で提案されたのが、HistMoral(ヒストモラル)と呼ばれる計算的フレームワークです。この枠組みは、人がある言葉を見たときにどのような言葉を思い浮かべるかという「単語連想データ」と、歴史的な文章コーパスを組み合わせることで、過去の道徳的意味づけを推定します。

過去に存在しない連想データをどう補うのか

問題は、過去の人々がどのような連想を持っていたかを直接測定するデータが存在しないことです。そこで研究チームは、歴史的文章の中で、どの単語がどの単語と一緒に使われていたかという共起情報と、文脈に基づく意味表現を組み合わせました。その上で、グラフニューラルネットワークを用いて、道徳的連想を推定するモデルを構築しました。

道徳的関連性と道徳的方向性

この枠組みでは、道徳を二つの側面から捉えます。一つは「道徳的関連性」で、ある概念がどれだけ道徳と結びついて考えられているかを示します。もう一つは「道徳的方向性」で、それが肯定的な意味合いで語られているのか、それとも否定的に語られているのかを表します。

モデルは本当に人間の感覚を再現しているのか

研究チームは、このモデルの妥当性を検証するため、現代の単語連想データと比較を行いました。その結果、モデルが推定した道徳的関連性や方向性は、人間の判断と強く一致していることが示されました。

病気や政治はなぜ道徳化されやすいのか

分析の結果、病気に関する概念は、長期的に見て道徳的関連性が高く、否定的な方向性を持つ傾向がありました。また、政治指導者や国家も、戦争や社会的対立と結びつくことで、強く道徳化されることが示されました。

概念の集まりにも共通した道徳の流れがある

同じカテゴリに属する概念同士は、時間の中で似たような道徳的変化をたどる傾向があることが明らかになりました。一方で、かつては強く道徳と結びついていたものが、徐々にその重要性を失っていく例も見られました。

経済や政治の変化と道徳の動き

さらに、商品の価格変動や政治的出来事と、道徳的な語られ方の変化が関連していることも示されています。これは、道徳が社会構造や出来事と密接に結びついていることを示唆しています。

道徳は固定されたものではない

この研究が示しているのは、道徳が普遍的で不変の基準ではなく、社会的・歴史的な文脈の中で形づくられてきた動的な現象だということです。

歴史を通して道徳を見るということ

言語という痕跡を手がかりに、過去の人々が何を重要視し、何を問題視してきたのかをたどることで、私たちは現在の道徳感覚を相対化することができます。

(出典:nature communications DOI: 10.1038/s41467-025-67891-2

テキストのコピーはできません。