- ノルウェーで若者の幸福感が下がり、年配層の満足感は安定して高くなる「幸福の逆転」が起きた。
- 研究はSNSだけが原因ではなく、社会的つながりや共同性が薄れていったことを指摘している。
- 若者は自己評価を強く持ち、問題を自分で解決すべきと感じやすい一方、シニアは相互依存を実感していると説明している。
若いほど幸せだった国で、何が起きたのか
――ノルウェーに現れた「幸福の逆転」
「若いほうが幸せで、年を取るほど満足感は下がる」。
長いあいだ、多くの国で当たり前のように受け入れられてきた考え方です。体力もあり、選択肢も多く、未来が開けている若者のほうが、人生を前向きに感じやすい。そう思われてきました。
ところが、この常識がはっきりと崩れた国があります。
それがノルウェーです。
この論文は、1980年代から続く大規模調査をもとに、ノルウェー社会で起きた「幸福の世代交代」とも呼べる現象を読み解こうとしています。
結論から言えば、近年のノルウェーでは、若者のウェルビーイングが下がり、シニア世代のほうが安定して高い満足感を示すようになったのです。
しかもこれは、一時的な気分の揺れではありません。
統計の長期的な傾向として、はっきりとした逆転が観察されています。
幸福のカーブが、ひっくり返った
1980年代から2000年代にかけて、ノルウェーでは一貫したパターンが見られていました。
若者の幸福度は高く、中年期に落ち込み、老年期にかけてやや回復する、いわゆるU字型です。
ところが2010年代半ば以降、この形が崩れます。
若者、とくに10代後半から20代前半の層で、生活満足度や主観的幸福感が明確に低下し始めました。一方で、退職後の高齢層では、むしろ満足感が維持され、場合によっては上昇しています。
つまり、
「若いほど幸せ」という前提が、社会全体として成り立たなくなったのです。
この現象は、ノルウェーが経済的に失速したから起きたわけではありません。失業率や福祉制度、生活水準は依然として高い水準を保っています。
それでも若者の心の状態だけが、静かに、しかし確実に悪化していったのです。
研究者が「SNSだけの話」にしなかった理由
若者の不調が語られるとき、すぐに挙げられる説明があります。
スマートフォン、SNS、比較文化、情報過多――たしかに無関係ではありません。
しかしこの論文の特徴は、そこに安易に飛びつかない点にあります。
研究者たちは、SNSを「原因」ではなく、より深い社会変化の表面に現れた症状として扱います。
彼らが注目したのは、
社会の中で「一緒に生きている感覚」がどう変わったのか
という問いでした。
数字ではなく、「語り」を集める
この研究は、統計分析だけで構成されていません。
むしろ中心に置かれているのは、人々の言葉です。
研究チームは、ノルウェー国内で以下の人々に質的インタビューを行いました。
高校生や若年層
退職後のシニア世代
教師や医療・支援職
社会的ケアに関わる専門職
合計48名へのインタビューを通じて、彼らが日常の中で何を感じ、何に不安を抱き、どんな言葉で自分の状態を説明するのかを丁寧に記録しています。
さらに、近年の新聞や公共メディアにおける「若者の苦しさ」をめぐる議論も分析対象に含め、社会全体の語りの変化を追いました。
若者が語った「生きづらさ」の中身
若者たちの語りに共通していたのは、強い不安や抑うつ感そのものよりも、慢性的な疲労感と孤立感でした。
彼らはこう語ります。
常に評価されている感じがする
何をしても十分ではない気がする
失敗が取り返しのつかないものに思える
助けを求めると、弱さをさらすことになる
ここで重要なのは、彼らが「誰かに明確に否定された」と言っているわけではない点です。
むしろ、自分で自分を厳しく評価し続けている感覚が強調されます。
研究者は、これを単なる個人の性格や心の弱さとして扱いません。
この自己監視の強さは、社会的な価値観の変化と深く結びついていると考えます。
共同性が後景に退いた社会
論文が繰り返し指摘するキーワードの一つが、**向社会性(プロソーシャリティ)**です。
これは、他者と協力し、支え合い、共同体の一員として振る舞う価値観を指します。
かつてのノルウェー社会では、
「みんなで何とかする」
「困ったら助け合う」
という暗黙の前提が、日常の中に強く存在していました。
しかし近年、その前提が弱まりつつあると、研究者たちは感じ取ります。
若者の語りには、
「自分の問題は自分で解決すべきもの」
「他人に頼るのは迷惑」
という感覚が強く表れていました。
社会的な安全網は存在していても、心理的な支え合いの感覚が薄れている。
その結果、失敗や不調を「個人の欠陥」として引き受けざるを得なくなっているのです。
なぜシニアは比較的安定しているのか
一方、シニア世代の語りは対照的でした。
彼らは不安や困難を抱えながらも、次のような感覚を語ります。
人生には波がある
うまくいかない時期も含めて人生
他人に助けられながら生きてきた
彼らは、社会がもっと共同的だった時代を経験しています。
そのため、自分一人で完璧である必要がない、という感覚を身体的に知っています。
研究者はここに、世代間の大きな断絶を見ます。
若者は「自己責任」の論理を内面化し、
シニアは「相互依存」の感覚を保持している。
この違いが、幸福感の世代差として現れている可能性があるのです。
問題は「若者が弱くなったこと」ではない
この論文が一貫して避けているのは、若者を責める視点です。
若者が甘くなった、忍耐力がない、という説明は、どこにも採用されていません。
むしろ研究者は、
社会の価値構造が変わる中で、若者だけが過剰な負担を背負わされている
という見方を提示します。
成果、自己実現、可視化、評価。
これらが強調される一方で、失敗や依存、未完成であることを許す文化が弱まっている。
その緊張の中で、若者のウェルビーイングが削られていく――それが、この研究の描き出す全体像です。
幸福は、個人の中だけにあるのか
この論文は、明確な処方箋を提示しません。
代わりに、読者に問いを残します。
幸福やウェルビーイングは、本当に個人の努力や性格の問題なのか。
それとも、どのような関係性の中で生きているかによって左右されるものなのか。
ノルウェーで起きた「幸福の逆転」は、特別な国の話ではありません。
むしろ、同じ方向に進みつつある社会にとっての、静かな警告として読むこともできるでしょう。
若者が苦しんでいるのは、未来が見えないからだけではない。
一緒に生きているという感覚が、見えにくくなっているからかもしれない。
この研究は、その可能性を、数字と語りの両方から、静かに突きつけています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1706473)

