「頑張れる人」と「折れてしまう人」のあいだで

この記事の読みどころ
  • 音楽学生には不安や自己批判などのモードが多く、健全な大人モードは低めだが完全にはなくならない。
  • スキーマ・モードという心の役割が、学習生活の苦しみを説明し、三つの心理プロファイル(バランス型・補償型・脆弱型)に分けられる。
  • 支援は性格ではなくモードを整えることが大切で、スキーマ療法が役に立つ可能性がある。

音楽学生の心は、ひとつではなかった

スキーマ・モードから見えてきた三つの心理プロファイル

音楽は、人の心や体に良い影響を与えるものとして知られています。ストレスを和らげ、感情を調整し、人生の質を高めてくれる力があることは、多くの研究で示されています。一方で、音楽を職業として本気で学び、演奏する人たちは、独特で強い心理的負荷にさらされていることも、近年の研究で明らかになってきました。

高度な技術要求、厳しい評価、競争の激しさ、失敗が許されにくい空気。そうした環境の中で、音楽学生やプロの演奏家には、不安、抑うつ、強い自己批判、演奏不安などが高い割合で見られることが報告されています。

では、その「しんどさ」は、どのような心の仕組みと関係しているのでしょうか。
今回紹介する研究は、スキーマ療法という心理学の枠組みを使い、音楽学生の内面にある「心の状態のパターン」を丁寧に調べたものです。


スキーマ・モードとは何か

人の中に同時に存在する、いくつもの「心の役割」

この研究の中心にあるのが「スキーマ・モード(schema mode)」という考え方です。
スキーマ・モードとは、状況によって一時的に表に出てくる感情・考え・行動のまとまりを指します。

たとえば、次のような状態です。

・強い不安や恥を感じて縮こまる「傷つきやすい子どもモード」
・怒りや苛立ちが前面に出る「怒りの子どもモード」
・感情を切り離して無関心を装う「回避的な対処モード」
・完璧であろうと自分を追い詰める「要求の厳しい親モード」
・現実的で柔軟に状況を整理できる「健全な大人モード」

人は誰でも、これらを複数持ち合わせています。問題になるのは、あるモードが頻繁に、強く、無意識に働いてしまうときです。

スキーマ療法では、こうしたモードのバランスが、心の健康や対処能力と深く関係していると考えます。


研究の目的と方法

音楽学生の「心のモード」を初めて体系的に調べた

この研究は、スイスの音楽大学に在籍する音楽学生46名を対象に行われました。
対象は、演奏や音楽教育を専門的に学ぶ学生で、現在診断された精神疾患のない人に限定されています。

研究者たちは、次の三つを組み合わせて調査しました。

・スキーマ・モードを測定する質問紙
・音楽家としての生活への対処感を測る尺度
・演奏や学習場面での内的な自己対話や悩みを自由記述で尋ねる質問

そして、その結果を、一般的な健常者や、うつ病・不安障害などの臨床群のデータと比較しました。


音楽学生に多く見られた心の特徴

健常者よりも、臨床群に近い側面

分析の結果、音楽学生には、次のような傾向が見られました。

まず、多くの不適応的なスキーマ・モードが、一般の健常者より高く出ていました。
特に目立っていたのは、

・傷つきやすさや恥、不全感を伴うモード
・人に合わせすぎてしまうモード
・感情を切り離して耐えようとするモード
・自分を厳しく責める内的な批判のモード

これらは、うつ病や不安障害のある人たちのデータと、かなり重なる水準でした。

一方で、人格障害などの臨床群ほど極端ではなく、中間的な位置にあることも示されました。

また、健全な大人モードや、楽しさ・安心感を感じるモードは、健常者より低いものの、完全に失われているわけではありませんでした。

つまり、音楽学生は、
脆さと回復力の両方を同時に抱えている状態にあると考えられます。


対処感との関係

健全な大人モードが支えになる

音楽家としての生活を「うまくやれている」と感じている学生ほど、次の特徴がありました。

・健全な大人モードが高い
・楽しさや好奇心を感じるモードが保たれている

逆に、対処感が低い学生ほど、

・傷つきやすい子どもモード
・回避や自己鎮静に頼るモード
・厳しい自己批判のモード

が強く出ていました。

特に重要なのは、健全な大人モードが、他の苦しいモードを和らげる役割を持っている点です。
このモードが働くと、感情を調整し、現実的に問題を整理し、自分を過度に責めずに行動できます。


三つの心理プロファイル

音楽学生は一様ではなかった

さらに研究者たちは、スキーマ・モードのパターンから、音楽学生を三つのグループに分けられることを示しました。

1.バランス型

健全な大人モードと、楽しさのモードが高く、対処感も良好です。
困難はあっても、柔軟に立て直す力を持っています。

2.補償型

一見うまくやれているように見えますが、内側では自己批判や無理な頑張りが強く、完璧主義や過剰な努力で乗り切ろうとします。
疲弊しやすいタイプです。

3.脆弱型

傷つきやすさや不安が前面に出やすく、回避や自己批判に陥りやすい傾向があります。
対処感は低く、支援が特に必要な層です。

重要なのは、同じ音楽学生でも、心理的な状態は大きく異なるという点です。


自己対話と人間関係の悩み

自由記述から見えた現実

自由記述では、次のような声が多く見られました。

・「自分は足りない」「他人と比べて劣っている」という思考
・教師や指導者とのコミュニケーションの難しさ
・厳しい指摘や雰囲気による精神的負担
・身体の痛みや緊張と心理的ストレスの重なり

一方で、

・音楽を通して人とつながる感覚
・演奏中の没入感や喜び
・成長を実感できた瞬間

といった、支えとなる体験も確かに存在していました。


この研究が示す意味

支援は「性格」ではなく「モード」に向けられるべき

この研究は、音楽学生の苦しさを、「弱さ」や「性格の問題」として扱っていません。
むしろ、特定の心のモードが、環境によって過剰に刺激されている状態として捉えています。

スキーマ・モードという視点を使うことで、

・何が引き金になって苦しくなるのか
・どの対処パターンが自分を追い詰めているのか
・どの力を育てれば回復しやすくなるのか

が、具体的に見えてきます。

研究者たちは、スキーマ療法やスキーマ・コーチングが、音楽学生の支援に有効である可能性を示唆しています。

音楽学生の心は、決して単純ではありません。
だからこそ、画一的な「メンタルの強化」ではなく、内側にある多様な心の状態を理解し、整えていく支援が求められているのだと、この研究は静かに語っています。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1673100

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