- 香港の学校では、教師が生徒を専門家につなぐ「ゲートキーパー」としての役割を担っています。
- 自分が助けを求めるのは恥ずかしいと感じる自己スティグマが強い教師は、その感覚を生徒にも投影し、生徒が専門家につながるのをためらわせることがあります。
- 生徒を専門家につなぐ決め手は「実際に動く覚悟」で、自己スティグマはその行動を弱め、過去のカウンセリング経験が態度を変えることがあります。
先生が「助けを求めること」をどう感じているかは、生徒の未来に関わるのか
学校で過ごす時間は、思春期の子どもにとって生活の大きな部分を占めています。気分の落ち込み、不安、行動の変化。そうしたサインに最初に気づくのは、専門家よりも、日常的に生徒と接している教師であることが少なくありません。
この研究は、教師自身が「助けを求めること」をどう捉えているかという、これまであまり注目されてこなかった視点が、生徒を専門家につなぐ判断にどう影響しているのかを丁寧に検討しています。
研究が行われたのは、学校におけるメンタルヘルス支援で教師の役割が特に大きい香港です。研究者たちは、教師の内面にある態度が、生徒の支援の入口をどのように形づくっているのかを明らかにしようとしました。
教師は「ゲートキーパー」である
多くの精神的な困難は、子ども時代や思春期に始まることが知られています。香港では学業競争の激しさもあり、若者の不安や抑うつ、心理的な負担が高い水準にあります。
こうした状況の中で、教師は生徒の変化に気づき、必要に応じてスクールカウンセラーや心理職などの専門家につなぐ「ゲートキーパー」の役割を担っています。しかし、教師自身も強いストレスを抱えており、心の余裕を保つことが簡単ではない現実があります。
この研究が問いかけるのは、**教師の知識や制度の問題以前に、教師自身の「助けを求めることへの感じ方」**が、判断に影響しているのではないか、という点です。
「助けを求めるのは弱さ」という感覚
研究ではまず、教師自身が心理的な支援を受けることに対して、どのような自己イメージをもっているかが測定されました。
ここで扱われているのは、「助けを求めると、自分の価値が下がるように感じる」「劣っていると思われるのではないか」といった自己スティグマです。これは、他人からの偏見というよりも、自分自身の中にある評価の問題です。
研究の結果、この自己スティグマが強い教師ほど、生徒についても同じような見方をしやすいことが示されました。
生徒に投影される「スティグマ」
自己スティグマの強い教師は、次のように考えやすい傾向がありました。
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生徒が専門家に相談すると、自信を失うのではないか
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助けを求めることで、生徒が「劣っている」と感じるのではないか
これは、**自分の感じ方を他者に当てはめる「投影」**と呼ばれる心理的な傾向と重なります。教師自身が「助けを求めるのは恥ずかしいことだ」と感じていると、その感覚が、生徒の心の中にもあるはずだと想像してしまうのです。
「自分で乗り越えること」を重んじる価値観
また、自己スティグマが強い教師ほど、生徒が問題を「自分一人で解決すること」を高く評価する傾向も見られました。
困難に耐え、自力で乗り越えることは、教育の中で大切にされてきた価値でもあります。文化的にも、他人に迷惑をかけない、自立することが重視される社会では、自然な考え方かもしれません。
しかしこの研究は、そうした価値観が強すぎると、専門家の支援を選択肢から遠ざけてしまう可能性があることを示唆しています。
専門家への信頼と距離
自己スティグマが強い教師は、心理職などの専門家についても、「本当に役に立つのだろうか」と感じやすい傾向がありました。
助けを求める行為そのものを否定的に捉えていると、その助けを提供する専門家との距離も自然に広がります。専門家の有効性を低く見積もることで、「頼らなくていい理由」を無意識につくっている可能性も考えられます。
行動としての「ひと押し」が分かれ目になる
この研究で特に重要だったのは、「態度」と「行動」の違いです。
研究者たちは、教師の考え方をいくつかの側面に分けて測定しました。その中で、生徒を専門家につなぐ意図を最も強く予測していたのは、次のような姿勢でした。
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生徒や保護者が抵抗しても、説明し、説得しようとする
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偏見や不安があっても、橋渡し役として動こうとする
つまり、**「紹介したほうがいいと思うか」よりも、「実際に動く覚悟があるか」**が、生徒を支援につなげる決定的な要因だったのです。
教師自身の自己スティグマは、この「ひと押しする行動」を弱め、その結果として紹介意図を下げていました。
教師自身のカウンセリング経験
興味深い結果として、過去にカウンセリングを受けた経験のある教師は、自己スティグマが低い傾向にありました。
実際に支援を受けることで、「助けを求めること=価値が下がることではない」と体感的に理解できるのかもしれません。ただし、カウンセリング経験そのものが、直接的に紹介意図を高めていたわけではありません。
経験は、態度を変え、その態度が行動に影響する、という間接的な形で作用していました。
生徒の問題の「重さ」はやはり大きい
もちろん、教師が生徒を専門家につなぐかどうかは、生徒の問題の深刻さにも強く左右されていました。深刻だと感じるほど、紹介の必要性は高く判断されます。
一方で、「自分で対処できそうだ」という教師の感覚は、必ずしも紹介を減らす方向には働いていませんでした。問題をどう扱うかについて、教師の中で解釈が分かれていた可能性があります。
この研究が示していること
この研究は、教師の専門知識や制度設計以前に、**教師自身の内面にある「助けを求めることへの態度」**が、生徒の支援の入口を左右していることを示しています。
知識を増やすだけではなく、
「助けを求めるとはどういうことか」
「それは弱さなのか、それとも人間的な選択なのか」
そうした問いに、教師自身が向き合うことが、生徒の支援につながる可能性があります。
支援は、制度だけで完結するものではありません。そこに関わる人の感じ方や経験が、静かに影響を与え続けています。この研究は、その見えにくい部分に光を当てています。
(出典:Social Psychology of Education DOI: 10.1007/s11218-025-10166-x)

