- 重度の精神疾患の回復は心だけでなく体の感覚の回復も含み、運動を通じて体を取り戻す感覚が生まれる。
- 回復を Embodied Recovery としてまとめ、身体的アイデンティティの回復・身体的調整・身体的社会性の三つの側面があると整理されている。
- 回復は直線ではなく日によって波があり、安心して参加できる場と仲間と一緒に動くことが回復を支えると示唆されている。
「体を取り戻している感じがする」という感覚から見えてくる回復
この研究は、**デンマーク・コペンハーゲン大学(University of Copenhagen)のメンタルヘルスセンター・グロストルップにある応用メンタルヘルスケア研究センター(CARMEN)**を中心に、**オールボー大学(Aalborg University)**など複数の研究機関に所属する研究チームによって行われました。
若年成人の重度精神疾患のある人が、地域の運動プログラムに参加する中で、「体の感覚」がどのように回復と結びついているのかを、質的インタビューによって詳しく調べています。
研究タイトルにある「It’s like I’m getting my body back(体を取り戻している感じがする)」という言葉は、参加者自身の実感をそのまま表したものです。
精神疾患は「心」だけでなく「体の感覚」にも影響する
統合失調症、双極性障害、うつ病などの重度精神疾患は、気分や思考だけでなく、体の感じ方そのものにも影響を与えることが知られています。
たとえば、
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自分の体が自分のものではないように感じる
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体が思うように動かない
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強い疲労感や体の痛みが続く
といった体験が報告されています。
これまでの回復研究では、希望や意味、社会的つながりなど「心理的・社会的側面」が中心に扱われてきました。しかし、この研究は、回復は「体を通して起こるプロセス」でもあるという視点を前面に出しています。
研究の方法
研究チームは、デンマークの3都市で行われている地域型の運動コミュニティに参加している、25〜35歳の若年成人16名に半構造化インタビューを行いました。
対象者は、
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統合失調症スペクトラム障害
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双極性障害
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うつ病
の診断を受けている人たちです。
インタビューでは、
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運動中や運動後に体をどう感じるか
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その感覚が日常生活や回復感にどう影響しているか
について、本人の言葉で語ってもらいました。
全体テーマ:「身体化された回復(Embodied Recovery)」
分析の結果、研究者たちは参加者の体験をまとめる概念として、**身体化された回復(Embodied Recovery)**という枠組みを提示しました。
回復とは、
「考え方が変わる」
「気持ちが前向きになる」
だけではなく、
体との関係が変わっていくプロセスでもある
という考え方です。
この回復は、次の3つの側面から成り立つと整理されています。
① 身体的アイデンティティ:自分の体を取り戻す
多くの参加者は、病気や薬の影響、長期間の活動低下によって、
「自分の体が遠くなった感じ」
「体が自分のものではない感じ」
を経験していました。
運動を続ける中で、
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体が動く感覚を再び感じられる
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体の変化に気づく
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体を「所有している」感覚が戻る
といった変化が起こります。
ある参加者は次のように語っています。
「体が、割り当てられたものじゃなくて、自分の体になってきた感じがします」
筋力や持久力のわずかな向上であっても、それは
「自分は変われる」
「回復している途中にいる」
という感覚につながっていました。
体の変化は、そのまま自己イメージの変化につながっていきます。
② 身体的調整:バランスを探す
参加者の多くは、
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エネルギーの波が激しい
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急に疲れる
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緊張が強くなる
といった不安定さを抱えていました。
運動は、
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気持ちを落ち着かせる
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頭の中のノイズを減らす
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生活にリズムを作る
といった形で役立っていました。
「水の中に入ると、世界にノイズフィルターがかかったみたいに静かになります」
という表現もありました。
一方で、運動が常に良い方向に働くわけではありません。
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無理をすると逆に疲れ切る
-
体が言うことを聞かない日がある
という現実も語られています。
そのため参加者は、
「頑張る」よりも「体の声を聞く」
という新しい基準を学んでいきます。
「今日は止める、という選択も大事だと分かってきました」
調整とは、正解を探すことではなく、日々微調整していく過程なのです。
③ 身体的社会性:人と一緒に動くことの影響
グループでの運動は、強い影響を持っていました。
良い面としては、
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他人の動きを見て「自分もできるかも」と思える
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一体感を感じる
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孤独感が和らぐ
という効果があります。
「みんなで同じ動きをしていると、何か大きなものの一部になった感じがします」
一方で、
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周囲と比べて落ち込む
-
自分は遅れていると感じる
という苦しさも生まれます。
「もう自分のためじゃなくて、ついていくためにやっている感じになる」
社会的な場は、支えにもなり、プレッシャーにもなるのです。
回復は直線ではなく、揺れ動くプロセス
この研究が示しているのは、回復は
一直線に良くなるものではない
ということです。
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できる日もある
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できない日もある
-
前に進む日もあれば、止まる日もある
そのすべてが回復の一部です。
体は受動的な存在ではなく、回復を進める主体として働いています。
精神医療への示唆
研究者たちは、運動を
「健康のための行動」
としてだけでなく、
回復を支える中核的な実践
として位置づける必要があると述べています。
重要なのは、
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成果を競わない
-
できなかった日も尊重する
-
安心して参加できる環境をつくる
といった配慮です。
まとめ
この研究は、若年成人の重度精神疾患のある人にとって、
回復とは「心が良くなること」だけではなく、
「体との関係が変わっていくこと」でもある
と示しています。
体を感じる。
体を信じる。
体と折り合いをつける。
その積み重ねが、
「生きている感じ」
「自分に戻ってきている感じ」
を育てていくのです。
回復には、理由があります。
そしてその理由の一部は、静かに、体の中で起きています。
(出典:International Journal of Qualitative Studies on Health and Well-being)

