- 二つの単語を同時に見せる実験で、注意を向けていない方の単語の意味も脳で処理されることが分かった。
- とはいえ、見ている単語の意味反応が強く、同時に処理は起きるが深さには差がある。
- 読書は情報を広く同時に受け取り、次の語も前もって準備されている可能性がある。
次の単語は、もう読まれているのか
私たちは文章を読むとき、目に映った文字を一つひとつ順番に処理しているように感じます。
しかし実際には、もっと広い範囲の情報を、同時に受け取っている可能性があります。
たとえば、いま見ている単語だけでなく、その「次に来る単語」も、すでに脳の中である程度処理されているのではないか。
この問いは、読むという行為の仕組みを理解するうえで、長年議論されてきました。
今回の研究は、「二つの単語を同時に提示する」という実験方法を用いて、人の注意がどこまで広がり、意味の処理がどの段階で起きているのかを詳しく調べたものです。
その結果は、「私たちは想像以上に広い範囲を、同時に読んでいる可能性がある」ことを示唆しています。
読書中、目と脳のあいだで何が起きているのか
読むとき、私たちの目は常に動いています。
数百ミリ秒ごとに視線を止め、次の位置へジャンプする。
この「止まる瞬間」に取り込まれる情報が、脳に送られ、意味として処理されます。
これまでの研究では、大きく分けて二つの考え方がありました。
一つは、
まず一つの単語を処理し終えてから、次の単語に進むという考え方です。
もう一つは、
複数の単語を同時に、ある程度並行して処理しているという考え方です。
もし後者が正しければ、私たちは「今見ている単語」だけでなく、「すぐ右にある単語」も、意味レベルで処理していることになります。
これまでの問題点
この問題を調べることは簡単ではありません。
なぜなら、普通に文章を読ませる実験では、
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どの単語を本当に見ていたのか
-
どの単語を周辺視で見ていたのか
を正確に切り分けることが難しいからです。
そこで今回の研究では、単語を一つずつ並べるのではなく、二つ同時に画面に提示するという方法が採用されました。
二語同時提示という方法
実験では、参加者の正面に二つの単語が並んで表示されます。
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左側に一つの単語
-
右側にもう一つの単語
参加者は、どちらか一方の単語に注意を向けるよう指示されます。
そのうえで、
-
二つの単語が意味的に関連している場合
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関連していない場合
で、脳の反応や行動の違いが調べられました。
ここで重要なのは、注意を向けていない側の単語が、意味として処理されているかどうかです。
脳の中の「意味反応」を測る
研究では、脳波(EEG)を用いて、意味処理に関係する特徴的な反応が測定されました。
人が単語の意味を処理するとき、脳には特有の電気的なパターンが現れます。
この反応の大きさやタイミングを見ることで、
-
その単語が意味として処理されたか
-
どの程度深く処理されたか
を推定できます。
注目すべき結果
結果は明確でした。
参加者が注意を向けていない側の単語であっても、
意味に関連した脳反応が確認されたのです。
つまり、
-
右の単語だけを見るように指示されていても
-
左の単語の意味が脳で処理されていた
ということになります。
これは、注意が一点にだけ集中しているのではなく、ある程度広がりをもって分配されていることを示しています。
すべてが同じレベルで処理されるわけではない
ただし、注意を向けている単語のほうが、意味処理の反応はより強く現れました。
これは、
-
並行処理は起きている
-
しかし処理の「深さ」には差がある
ということを意味します。
言い換えれば、
脳は複数の単語を同時に見ているが、中心にある単語をより重点的に扱っている
という状態です。
読書中の注意は「スポットライト」ではない
従来、注意はよく「スポットライト」にたとえられてきました。
暗闇の中で一部分だけを照らす光のように、狭い範囲にだけ向けられるという考え方です。
しかし今回の結果は、
注意はスポットライトというより、ぼんやり広がる照明のようなものであることを示しています。
中心は明るいが、周辺にもある程度の光が届いている。
その周辺の光の中で、次の単語の意味が静かに処理されているのです。
読むスピードの正体
私たちはなぜ、あれほど速く文章を読めるのでしょうか。
一語ずつ完全に処理してから次へ進むのであれば、
現在よりもずっと遅くなるはずです。
今回の研究は、
次に来る単語をあらかじめ部分的に処理していることが、
読むスピードを支えている可能性を示唆しています。
「見ていない=処理していない」ではない
この研究が示す重要なポイントは、
意識的に見ていない情報も、脳では意味として処理されていることがある
という点です。
これは読書に限らず、日常生活全般にも当てはまる可能性があります。
たとえば、
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何気なく目に入った看板
-
ちらっと見えた表情
-
周囲の文字情報
こうしたものも、私たちが気づかないうちに、意味として取り込まれているかもしれません。
読むという行為の再定義
読むとは、
「文字を見る」
→「意味を理解する」
という単純な直線的プロセスではありません。
むしろ、
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複数の情報を同時に受け取り
-
重要度に応じて重みづけし
-
動的に処理していく
非常に柔軟な活動です。
この研究が投げかける問い
この研究は、次のような問いを私たちに残します。
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私たちは、どこまでを「読んでいる」と言えるのか
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意識にのぼらない理解は、どれほど存在するのか
-
注意とは、本当に一つの場所にしか向けられないものなのか
読むという当たり前の行為の中に、
まだ多くの謎が隠れていることを、静かに教えてくれます。
おわりに
私たちは、「今見ている単語」だけを読んでいるのではない。
次の単語も、そのさらに先の単語も、
すでに脳の中で準備されているかもしれない。
読むという行為は、
思っているよりもずっと広く、ずっと同時的で、
そして驚くほど洗練されたプロセスなのです。
(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0341917)

