- 正直さには「事実に正確さを重視する」と「本音を重視する」の二つの見方がある。
- 本音重視の人は権力を広げる行動や手続きを軽視する動きも許容しやすく、事実重視は厳しく評価する傾向が出た。
- ウソは嫌われるが、誠実そうに見えると寛容になることがあり、正確さを重視する視点に変えると評価が変わる可能性がある。
「正しいこと」より「本音」が評価されるとき、民主主義はどうなるのか
この研究は、**イギリスのブリストル大学(University of Bristol)とドイツのポツダム大学(University of Potsdam)**に所属する研究者によって行われました。
テーマは一見すると抽象的ですが、扱っているのはとても身近な問いです。
人は、政治家の「ウソ」や「ルール破り」を、どんなときに許してしまうのか。
そして、その背景には、私たちが「正直さ」をどう理解しているかが関係しているのではないか。
この研究は、そうした問いを実験によって検証しています。
「正直さ」には二つの顔がある
研究の出発点にあるのは、「正直さ」という言葉の捉え方です。
研究者たちは、人が持つ正直さの理解には、大きく二つの方向があると整理します。
ひとつは、事実に基づいて正しいことを言うことが正直だという考え方です。
証拠やデータ、検証可能な情報を重視する立場で、研究ではこれを「正確さを重視する正直さ」と呼んでいます。
もうひとつは、たとえ事実と違っていても、本心から語っていれば正直だという考え方です。
「思っていることをそのまま言う」「本音を隠さない」ことが重視される立場で、研究ではこちらを「誠実さを重視する正直さ」と位置づけています。
どちらが良い・悪いという話ではありません。
多くの人は、状況によってこの二つを使い分けています。
しかし、政治の場面では、この違いが大きな意味を持つ可能性がある、と研究者は考えました。
実験で確かめたこと
研究チームは、事前に計画を公開したうえで、4つの実験を行いました。
参加者は合計で1,500人以上にのぼります。
実験では、参加者にまず次のどちらかの視点を取るように求めました。
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正直さとは「事実に正確であること」だと考える視点
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正直さとは「本音で語ること」だと考える視点
そのうえで、架空の政治家が登場するシナリオを読みます。
その政治家は、場合によって次のような行動を取ります。
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事実を歪める、あるいはウソをつく
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権力を広げようとする
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他者を煽るような行動を取る
いずれも、民主主義のルールや慣習から見ると問題になりうる行動です。
参加者は、そうした行動をどの程度「許容できるか」を評価しました。
誠実さを重視すると、ルール破りに寛容になる
結果は、4つの実験を通して一貫していました。
「本音で語ることが正直だ」という視点を取った人ほど、政治家のルール違反を受け入れやすくなったのです。
たとえば、
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権力を拡大しようとする行動
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民主的な手続きを軽視する行動
こうした行為に対しても、「この人は正直だ」「本心で動いている」と感じていると、批判が弱まる傾向が見られました。
一方で、「事実に基づく正確さ」を正直さの基準にすると、同じ行動に対する許容度は下がりました。
事実と合っていない発言や、根拠のない主張は、より厳しく評価されるようになります。
「ウソ」は嫌われるが、それでも許されることがある
興味深いのは、参加者がウソを完全に見逃していたわけではない点です。
政治家が明確にウソをついていると示された場合、その人物は、
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正直ではない
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好感が持てない
と評価されやすくなりました。
それでもなお、
「誠実そうに見える」「本音で語っているように見える」
という印象があると、民主主義のルール違反に対する評価は甘くなることがありました。
つまり、人は「ウソが嫌い」であっても、
「誠実そうなウソ」には、一定の寛容さを示してしまう場合がある、ということです。
政治的立場に関係なく起こる現象
研究者たちは、参加者の政治的立場も詳しく調べています。
その結果、右寄り・左寄りといった立場の違いは、確かに影響を与えていました。
しかし重要なのは、
どの政治的立場の人でも、「正確さ」を重視する視点を持たせると、ルール違反への許容が下がったという点です。
もともと直感や感覚を重視しやすい人たちにおいても、
「正直さとは事実に基づくことだ」と意識させるだけで、評価は変わりました。
この結果は、「考え方を完全に変えなくても、注目する基準を変えるだけで判断が変わりうる」ことを示しています。
民主主義は、静かにすり減っていく
この研究が示しているのは、
民主主義が壊れるとき、それは必ずしも劇的な形では起こらない、ということです。
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少しのルール破り
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少しのウソ
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それでも「本音だから」「誠実そうだから」と許してしまう判断
こうした小さな積み重ねが、結果として民主主義の基盤を弱めていく可能性があります。
研究者たちは、
「正直さ」をどう定義するかは、単なる言葉の問題ではなく、
政治や社会のあり方に直結する問題だと指摘します。
それでも、余地は残されている
同時に、この研究は希望も示しています。
人は、正確さを重視する視点に立つだけで、民主的な基準を取り戻しやすくなることも分かりました。
誰かを論破する必要はありません。
信念を否定する必要もありません。
ただ、
「その話は、事実として確かだろうか」
「根拠はどこにあるのだろうか」
そうした問いを共有することが、民主主義を守る一つの手がかりになるのかもしれません。
この研究は、
私たちが何を「正直だ」と感じるのか、その感覚そのものが、社会の形を静かに左右していることを示しています。
(出典:communications psychology DOI: 10.1038/s44271-026-00407-w)

