私たちの脳は、同時処理が苦手である

この記事の読みどころ
  • 同時に二つ以上のことをすると反応が遅くなったりミスが増える、これがデュアルタスクコストです。
  • 実験室ではモダリティ非互換の影響が大きいが、運転シミュレーターではその影響が小さくなることがありました。
  • 現実の環境でもマルチタスクの負担は消えず、感覚と動作を合わせる設計が安全性を高める手がかりになります。

二つのことを同時にすると、なぜ遅くなるのか

私たちは日常の中で、気づかないうちに「同時に複数のこと」をしています。

車に乗りながらナビの音声を聞く。
スマートフォンの画面を見ながら目的地を入力する。
さらに同乗者と会話をする。

こうした行動は、ごく当たり前のように感じられます。
しかし心理学の研究では、二つ以上の課題を同時に行うと、反応が遅くなったり、ミスが増えたりすることが繰り返し示されています。

このようなパフォーマンス低下はデュアルタスクコストと呼ばれます。

では、このデュアルタスクコストは、どのような条件で強くなり、どのような条件で弱くなるのでしょうか。

今回紹介する研究は、「刺激の種類」と「反応の仕方」の組み合わせに注目し、その影響が実験室運転シミュレーターという現実に近い環境でどのように異なるのかを調べました。


入力と出力の組み合わせが重要になる理由

研究者たちは、人間の課題処理において、

  • 何を見る・聞く

  • どのように答える

の組み合わせが重要だと考えています。

たとえば、

  • 音を聞いて声で答える

  • 文字や数字を見て手でボタンを押す

こうした組み合わせは、感覚と動作が自然に対応しており、モダリティ互換と呼ばれます。

一方で、

  • 音を聞いて手で答える

  • 画面を見て声で答える

このような組み合わせは、感覚と動作がずれており、モダリティ非互換と呼ばれます。

過去の実験室研究では、モダリティ非互換の組み合わせのほうが、デュアルタスクコストが大きくなることが示されてきました。

しかし、これらの知見の多くは、静かな実験室という人工的な環境で得られたものです。


日常に近い環境でも同じことが起こるのか

現実世界は、実験室よりもはるかに複雑です。

視覚・聴覚・触覚など、複数の感覚情報が同時に存在します。
状況の文脈も豊富です。

研究者たちは、こうした多感覚情報の統合文脈の手がかりが、モダリティ非互換による不利を和らげる可能性があると考えました。

そこで本研究では、

  • クラシックな実験室環境

  • 運転シミュレーター内で助手席に座って課題を行う環境

の二つを比較しました。


参加者と課題の概要

参加したのは20〜30歳の若年成人31名です。

参加者は、

  • 音で提示される数字

  • 画面に表示される数字

に対して、

  • 声で「はい」「いいえ」と答える

  • 指でボタンを押す

という反応を行いました。

課題には、

  • 単独で行うシングルタスク

  • 二つ同時に行うデュアルタスク

がありました。

運転シミュレーターでは、音の数字は「渋滞の長さ」、画面の数字は「ガソリン価格」という設定が与えられ、より日常的な意味づけがなされました。


研究者の仮説

研究者たちは次の三点を予測しました。

  1. モダリティ非互換のほうがデュアルタスクコストが大きい

  2. 実験室より運転シミュレーターのほうが全体的なコストは小さい

  3. モダリティ互換・非互換の差は、実験室のほうが強く現れる


反応時間に現れた明確な違い

結果を見ると、反応時間では明確な傾向が確認されました。

  • モダリティ非互換の組み合わせでは、反応が大きく遅れる

  • モダリティ互換では、遅れが比較的小さい

この傾向は、実験室でも運転シミュレーターでも共通していました。

つまり、

刺激と反応の組み合わせがズレるほど、同時作業は難しくなる

ということが、現実に近い環境でも当てはまることが示されました。


正確さには大きな差が出なかった

一方で、正答率については、

  • モダリティ互換と非互換の間に大きな差は見られませんでした。

参加者は、多少時間がかかっても、できるだけ正確に答えようとしていたと考えられます。


環境による違いはどこに現れたのか

興味深いのは、「環境」と「モダリティ」の組み合わせ効果です。

モダリティ非互換による不利は、

  • 実験室では非常に大きい

  • 運転シミュレーターでは小さくなる

ことが分かりました。

つまり、運転シミュレーターという多感覚的で文脈のある環境では、モダリティ非互換の悪影響が弱まっていたのです。


なぜ現実に近い環境では影響が小さいのか

研究者たちはいくつかの理由を考えています。

  • 視覚や聴覚など複数の感覚が同時に使われる

  • 文脈があることで刺激の意味を予測しやすい

  • 行動の結果を事前にイメージしやすい

こうした要因が、感覚と動作のズレによる混乱を補っている可能性があります。


それでもマルチタスクの負担は消えない

重要なのは、運転シミュレーターでもデュアルタスクコスト自体は消えなかったという点です。

現実的な環境でも、

同時に複数のことをすると、私たちの処理能力は確実に圧迫されます。


この研究が示すメッセージ

この研究は、次のことを示唆しています。

  • モダリティ互換の設計は、現実世界でも有効

  • しかし、どんなに工夫してもマルチタスクの限界は存在する

たとえば車載システムでは、

  • 音声案内

  • 音声入力

のように、感覚と反応を一致させる設計が、安全性を高める可能性があります。


マルチタスクは「能力の問題」ではない

同時に複数のことがうまくできないからといって、それは能力や努力の不足を意味しません。

人間の情報処理システムそのものに、構造的な制約があるのです。


結論として残る問い

私たちは「慣れれば何でも同時にできる」と思いがちです。

しかしこの研究は、
同時にやることには、どうしてもコストが伴う
という現実を示しています。

便利さを追求する社会の中で、
「どこまで同時にやらせるのか」
「どのように負担を減らすのか」

その設計そのものが、私たちに問われているのかもしれません。

(出典:Psychological Research DOI: 10.1007/s00426-026-02238-0

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