やさしい上司のほうが、人はしあわせになるのか

この記事の読みどころ
  • リーダーの価値観には利他的と利己的の2つがあり、利他的な価値観を持つリーダーは従業員に良いリーダーと見られやすい。
  • 利他的なリーダーは共感的に接し対話を重視するため、従業員の感情的な組織愛着と管理への納得感を高める。
  • 幸福感は直接高まるのではなく、感情の経路と認知の経路の両方を通じて育まれ、価値観が職場の空気を作る。

なぜ「リーダーの価値観」が職場の幸福感を左右するのか

職場で感じる「しあわせ」は、給料や福利厚生だけで決まるものではありません。
同じ仕事をしていても、上司によって心の負担が大きく変わると感じた経験を持つ人は多いでしょう。

中国・広西科技大学を中心とする研究チームは、こうした感覚の背景にあるものとして、「リーダー自身がどんな価値観を大切にしているか」に注目しました。
この研究は、リーダーの価値観が、どのような経路を通って、従業員の幸福感に影響するのかを、心理的な仕組みとして丁寧に検討しています。


この研究が問い直したこと

これまでの研究では、
「どんなリーダーシップ行動が、従業員の幸福感を高めるか」
という点は数多く検討されてきました。

しかし本研究が問い直したのは、その一段階前です。

  • そもそも、なぜそのリーダーは、そうした行動を取るのか

  • その背景にある、価値観の違いは影響していないのか

研究チームは、リーダーの価値観を大きく二つに分けて考えました。


利他的価値観と利己的価値観という二つの軸

この研究では、心理学者シュワルツの価値理論をもとに、リーダーの価値観を次の二つに整理しています。

利他的価値観

他者や集団全体の利益を重視し、
公平さ、思いやり、協力、支え合いを大切にする考え方です。

利己的価値観

地位や権力、成功、個人的な達成を重視し、
自分の成果や影響力を優先する考え方です。

重要なのは、どちらが「善」でどちらが「悪」と単純に決めつけていない点です。
研究チームは、この二つの価値観が、実際のリーダーシップや職場の心理状態にどう関わるのかを、データから検証しました。


調査はどのように行われたのか

調査は、中国・広東省のサービス業および製造業に勤務する従業員を対象に行われました。

  • 有効回答数:448人

  • 7段階尺度の質問紙調査

  • 回答の信頼性を確保するための注意チェック項目も導入

分析には構造方程式モデリングが用いられ、
リーダーの価値観 → リーダーシップ → 従業員の心理状態 → 幸福感
という流れが検証されています。


利他的価値観をもつリーダーは、なぜ影響力をもつのか

分析の結果、はっきりとした傾向が示されました。

利他的価値観をもつリーダーほど、従業員から「良いリーダーだ」と認識されやすい
という結果が得られたのです。

利他的価値観をもつリーダーは、

  • 従業員の感情や立場に配慮する

  • 支援的で、対話的な関わりをする

  • チーム全体の協力や信頼関係を重視する

といった行動を取りやすく、それが「リーダーシップの有効性」として受け止められていました。


利己的価値観は、なぜリーダーシップにつながらなかったのか

一方で意外だったのは、利己的価値観がリーダーシップに有意な影響を与えなかった点です。

利己的価値観をもつからといって、必ずしも「悪いリーダー」と評価されるわけではありませんでしたが、
少なくとも、従業員の幸福感を高める方向にはつながっていませんでした。

研究チームはその理由として、

  • 個人の成果重視が、心理的な支えとしては感じられにくいこと

  • 信頼や安心感を育てにくい可能性

  • 中国文化における「調和」や「配慮」の重視

といった背景を示唆しています。


幸福感は「直接」高まるわけではなかった

この研究で特に重要なのは、
リーダーシップが、直接、従業員の幸福感を高めているわけではなかった
という点です。

幸福感は、次の二つの心理的な経路を通して高まっていました。


感情の経路:組織への愛着

一つ目は、感情的組織コミットメントです。

これは、

  • この組織に属していたい

  • この組織の一員であることに誇りを感じる

といった、感情的な結びつきを指します。

利他的なリーダーのもとでは、
従業員が「大切にされている」「守られている」と感じやすくなり、
結果として組織への愛着が強まっていました。


認知の経路:経営や管理への納得感

もう一つは、マネジメントへの満足感です。

これは、

  • 管理のやり方は公平だと思えるか

  • 判断や方針に納得できるか

といった、理性的・認知的な評価です。

利他的なリーダーは、説明や対話を重視するため、
従業員が「この管理の仕方なら理解できる」と感じやすくなっていました。


二つの経路がそろったときに、幸福感が高まる

分析の結果、
幸福感はこの感情的な愛着認知的な納得感の両方を通じて高まっていました。

逆に言えば、

  • どれだけ能力が高くても

  • どれだけ成果を出していても

従業員の感情と認知の両面が満たされなければ、
「職場での幸福感」にはつながりにくいことが示唆されています。


この研究が示している静かなメッセージ

この研究は、「良い人になれ」と言っているわけではありません。
また、「利己心はすべて悪い」と断定しているわけでもありません。

示されているのは、もっと静かな事実です。

  • 人は、成果だけでなく「どう扱われているか」に反応する

  • 幸福感は、制度ではなく関係性の中で育つ

  • リーダーの価値観は、意図せずとも職場の空気を形づくる

ということです。


おわりに:幸福感は、評価されない場所で決まっているのかもしれない

この研究を読み進めると、
「幸福感は、評価シートには書かれない部分で決まっているのではないか」
という感覚が残ります。

どんな価値観で人を見るのか。
どんな基準で判断するのか。
その積み重ねが、職場の心理的な風景を形づくっているのかもしれません。

リーダーシップとは、声を張り上げることではなく、
価値観がにじみ出る日常のふるまいなのだと、
この研究は静かに語っているようです。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1637594

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