なりたくない仕事は、仕事のせいとは限らない

この記事の読みどころ
  • 観光やホテルを学ぶ学生は、条件だけでなく社会的アイデンティティとダーティ・ワークの見られ方・フェイスの懸念が就職意欲に影響すると分かりました。
  • 自分がその業界の一員だと強く感じるほど、社会から低く評価されるのではと不安になり、仕事を避けたくなる傾向があります。
  • この effect は、ダーティ・ワークの認識を高めるルートと、フェイスへの懸念を強めるルートの二つが並行して働くために起こります。

仕事はなぜ「選ばれ」、なぜ「避けられる」のか

人は、どんな仕事を選ぶのでしょうか。そして、どんな仕事を、理由をはっきり意識しないまま避けているのでしょうか。

中国では、観光やホテル産業が国の重要な成長分野であるにもかかわらず、深刻な人材不足が続いています。大学では観光マネジメントやホテル関連分野を学ぶ学生が毎年多数輩出されているのに、卒業後に実際にホテル業界へ進む人は多くありません。教育と産業のあいだに、長年埋まらないズレが存在しているのです。

これまで、この問題は主に労働条件や賃金、長時間労働、感情労働の負担といった観点から説明されてきました。しかし、それだけでは説明しきれない部分が残ります。条件が改善されても、なお「行きたくない」と感じる気持ちは、どこから生まれているのでしょうか。

この問いに対して、中国の研究者たちは、仕事の条件ではなく、「自分がどんな集団の一員だと感じているか」「その集団が社会からどう見られているか」という心理的・文化的な側面に注目しました。

社会的アイデンティティという出発点

この研究の中心にあるのが、社会的アイデンティティ理論です。人は自分を完全に独立した個人としてだけ認識しているわけではありません。学生であること、専攻分野、将来就くかもしれない職業集団など、さまざまな集団への帰属意識を通して「自分は何者か」を理解しています。

観光やホテルを専攻する学生にとって、「将来ホテル業界で働く人」というイメージは、まだ就職していなくても、すでに心の中に形づくられています。そして、その集団が社会からどのように評価されているかも、同時に意識されています。

社会的アイデンティティ理論によれば、人は自分が属する集団を肯定的に捉えたいと考えます。しかし、その集団が社会的に低く評価されていると感じられる場合、その評価は自分自身の価値を脅かすものとして受け取られます。

「ダーティ・ワーク」という仕事のイメージ

ホテルの仕事は、接客やサービスを中心とする仕事です。研究では、こうした仕事がしばしば「ダーティ・ワーク」として認識されている点に注目しています。

ここで言うダーティとは、単に汚れる仕事という意味ではありません。身体的にきついこと、社会的地位が低いと見なされること、道徳的に軽く見られることといった、複数の側面を含んでいます。

研究で用いられた尺度では、特に「社会的に低く評価されている」「人に仕える立場である」「誇りを持ちにくい」といった社会的・道徳的側面が強く意識されていました。これは、ホテル業の仕事が単なる労働としてではなく、社会的評価と結びついた形で理解されていることを示しています。

帰属意識が強いほど、仕事を避けたくなる逆説

研究結果の中で、最も特徴的なのは、一見すると逆説的な関係です。

ホテル業界への社会的アイデンティティが強い学生ほど、むしろその仕事を避けたいという意図が強くなる傾向が見られました。業界への帰属意識が強ければ、仕事を前向きに捉えそうですが、実際には逆の現象が起きていたのです。

その理由は、社会的評価の取り込みにあります。自分をホテル業界の一員だと強く感じるほど、その業界に向けられた否定的な評価や偏見も「自分のこと」として感じやすくなります。その結果、仕事そのものが「ダーティ」なものとして強く意識され、将来その集団に属することへの抵抗感が高まっていきます。

フェイスへの懸念──どう見られるかという不安

この心理の流れをさらに強めているのが、フェイスへの懸念です。

フェイスとは、他者からどう評価されているか、社会的な体面や面子を意味します。中国のような集団主義的文化では、個人の選択が家族や周囲からどう見られるかが、強く意識されます。

研究では、ホテル業界に就職した場合に「家族や友人から低く見られるのではないか」「社会的評価が下がるのではないか」といった不安が、学生の進路意識にどのように影響するかが検討されました。

分析の結果、社会的アイデンティティが強い学生ほどフェイスへの懸念も強くなり、その懸念がキャリア選択意欲を下げていることが示されました。仕事そのものへの評価だけでなく、「どう見られるか」が進路判断に深く関わっているのです。

二つの間接ルートが重なって働く

この研究では、社会的アイデンティティがキャリア選択意欲を下げるまでに、二つの間接的なルートが存在することが示されました。

一つは、社会的アイデンティティがダーティ・ワークの知覚を強め、それが就職回避につながるルートです。もう一つは、社会的アイデンティティがフェイスへの懸念を強め、その懸念が就職意欲を下げるルートです。

これらは並行して働いています。ただし、分析を進めると条件付きの違いも明らかになりました。ダーティ・ワークの知覚が弱い段階では、「どう見られるか」というフェイスへの懸念が大きく影響します。しかし、仕事そのものが強く否定的に捉えられている場合には、フェイスへの懸念の影響は弱まり、仕事自体への拒否感が直接的に進路判断を左右するようになります。

教育と産業のズレをどう理解するか

この研究は、ホテル業界の人材不足を、単なる条件の問題ではなく、社会的評価と文化的心理の問題として捉え直しています。

学生たちは、合理的に損得を計算しているだけではありません。自分がどんな集団に属する人間として見られるのか、そのことが自分の価値にどんな影響を与えるのかを、敏感に感じ取っています。

その結果として起きているのが、「学んではいるが、なりたくはない」という選択です。これは意志の弱さでも怠慢でもなく、社会的アイデンティティを守ろうとする心理的な反応として理解することができます。

結論

この研究は、社会的アイデンティティ、ダーティ・ワークの知覚、フェイスへの懸念という三つの要素が重なり合うことで、観光系学生のキャリア回避が生じていることを示しました。

仕事を選ばない理由は、必ずしも仕事内容そのものにあるとは限りません。その仕事を選んだ自分が、どんな人間として見られるのか。その問いが、進路の選択を静かに、しかし確実に方向づけているのです。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1622289

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