- 自分の未来と国の未来を別々の人に考えさせると、国の未来が特に暗く描かれないことが分かった。
- 来週より来年、来年より10〜15年後のほうが、未来はどちらも明るく描かれる傾向があった。
- 心の状態や日常の感じ方が国の未来の見え方に影響する可能性があるが、原因は単純には分からない。
未来は、どこから明るく見えるのか
人は、自分の未来を考えるとき、少し楽観的になります。
これから先、きっと何とかなる。悪いことばかりではないはずだ。そんな感覚を、多くの人が持っています。
ところが、「国の未来」や「社会の先行き」を考えた瞬間、そのトーンは一変します。経済の不安、社会の分断、将来への閉塞感。個人の人生よりも、社会全体の未来のほうが暗く感じられる。この傾向は、これまで主に欧米の研究で繰り返し指摘されてきました。
自分の人生は明るいのに、社会の未来は暗い。
このズレは、本当に人間に共通する性質なのでしょうか。それとも、文化や社会の状況によって変わるものなのでしょうか。
「自分の未来」と「国の未来」は、なぜ比べられてきたのか
これまでの研究では、多くの場合、同じ参加者に対して「あなた自身の未来」と「国や社会の未来」を続けて考えさせてきました。その結果、自分の未来にはポジティブな出来事が、国の未来にはネガティブな出来事が想像されやすい、という結果が報告されてきました。
ただし、ここには一つの問題があります。
人は二つの対象を続けて考えると、無意識のうちに比較してしまいます。自分と国を比べる。個人と社会を天秤にかける。その比較そのものが、答えの方向性を決めてしまう可能性があります。
とくに、国への帰属意識が強く働く社会では、国の未来を悪く描くことに心理的な抵抗が生じるかもしれません。逆に、比較の文脈がなければ、まったく違う未来像が浮かぶ可能性もあります。
比較させない実験という発想
今回紹介する研究は、そうした問題意識から出発しています。
研究者たちは、「自分の未来」と「国の未来」を、同じ人に考えさせるのではなく、別々の人に考えさせるという方法を選びました。
この研究は、中国の大学や研究機関に所属する研究チームによって行われました。大学生を対象とした調査と、一般成人を対象とした調査の二つが実施されています。
参加者はランダムに二つの条件のどちらかに割り当てられました。一方の条件では「自分の未来に起こりそうな出来事」を、もう一方の条件では「国の未来に起こりそうな出来事」を考えます。
未来の時間は三つに分けられました。
「来週」「来年」「10〜15年後」です。参加者は、それぞれの時間について、実際に起こりそうな具体的な出来事を文章で書きました。
国の未来は、思ったより暗くなかった
結果は、これまでの通説とは異なるものでした。
大学生を対象とした調査でも、一般成人を対象とした調査でも、「自分の未来」と「国の未来」のあいだに、出来事の明るさの大きな差は見られませんでした。国の未来が特別に暗く描かれることはなく、自分の未来と同じ程度にポジティブな出来事が想像されていたのです。
さらに興味深いのは、時間の効果です。
来週よりも来年、来年よりも10〜15年後のほうが、未来はより明るく描かれる傾向がありました。この傾向は、個人の未来でも、国の未来でも共通していました。
つまり、中国の参加者にとって、「遠い未来」は、自分の人生であれ、国の行く先であれ、希望を投影しやすい時間だったのです。
「コントロールできる」という感覚は、決め手ではなかった
研究では、「その未来がどれくらい自分たちで左右できると思うか」という感覚も測定されています。
しかし、ここでも単純な答えは出ませんでした。
国の未来だから特別にコントロールできると感じているわけでも、自分の未来だから強くコントロールできると感じているわけでもありませんでした。また、「コントロールできそうだと思うほど、未来が明るくなる」という明確な関係も見られませんでした。
未来を明るく描く理由は、「自分たちで何とかできそうだから」という説明だけでは足りないことが示唆されます。
国の未来と、個人の心の状態
この研究で、もう一つ重要だったのは、心理的ウェルビーイングとの関係です。
自分の未来をポジティブに描く人ほど、日常生活の充実感が高い。この結果は直感的にも理解しやすいものです。
しかし注目すべきは、国の未来についても同じ傾向が見られた点です。とくに、遠い将来の国の姿を明るく想像できる人ほど、心理的ウェルビーイングが高い傾向がありました。
国の未来は、ニュースや政治の話題として語られがちです。けれどこの研究は、「国の先行きのイメージ」が、個人の心の状態と無関係ではない可能性を示しています。
なぜ、国の未来が明るく見えるのか
研究者たちは、この結果について慎重に議論しています。
国へのアイデンティティの強さ、社会全体への満足感、日常的に触れている情報の語られ方などが影響している可能性はありますが、どれが決定的なのかは、この研究だけではわかりません。
また、未来の見え方は、その時代や社会状況によって変わる可能性があります。この結果を、そのまま普遍的な結論として受け取ることはできません。
未来をどう語るかは、いまをどう生きているか
この研究が示している最も重要な点は、「国の未来」と「自分の未来」が、必ずしも対立した感情で描かれるわけではない、という事実です。
少なくともこの研究が行われた文脈では、両者は同じ方向を向いていました。国の未来をどう見るかは、単なる政治的態度ではなく、個人の心の状態や社会との関係の延長線上にあるのかもしれません。
未来は、客観的に存在するものではなく、私たちが「いま」をどう感じ、どう位置づけているかがにじみ出る場所です。
この研究は、そのことを示しています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1704285)

