- スウェーデンの研究者が、秘密がどう語られ、どう扱われるかを16年以上続いたオンライン掲示板の議論から調べました。
- 秘密のパラドックスは、秘密は完全に隠しても完全には伝わらず、6つの談話パターンで維持されると説明されます。
- その結果、秘密を暴く議論が逆に秘密を守る方向に働くことが多く、議論は終わらない構造になると考えられています。
この論文は「秘密」を暴かない。むしろ、なぜ暴かれないのかを説明する
「この論文は秘密のパラドックスを説明します。でも誰にも言わないでね!」
そんなタイトルを掲げた研究があります。
テーマは、国家レベルの“極秘施設”をめぐるオンライン掲示板の長期スレッド。そこでは16年以上にわたり、「本当の場所はどこか」「存在するのか」といった議論が続いてきました。
けれどこの研究は、秘密の中身を追いません。
代わりに問いかけるのは、もっと根本的なことです。
なぜ、人は秘密を知りたがるのか。
そしてなぜ、秘密はなかなか暴かれないのか。
研究は、ストックホルムのスウェーデン国防大学に所属する研究者によって行われました。対象となったのは、戦時に政府が使用するとされる地下指揮施設をめぐる、長期の公開掲示板スレッドです。分析の焦点は「情報の真偽」ではなく、「人々がどのように語り、どのように秘密を扱うか」に置かれました。
ここで登場するのが、「秘密のパラドックス(secrecy paradox)」という概念です。
秘密のパラドックスとは何か
秘密は、ただ隠されている情報ではありません。
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秘密を持っている人は、特別に見える
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でも、秘密を全部明かしてしまえば、その特別さは消える
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とはいえ、何も示さなければ「持っている」ことすら伝わらない
つまり、隠しながら、示すという矛盾が生まれます。
秘密は、完全に閉じていてもだめ。
完全に開いてもだめ。
この微妙なバランスが、個人の地位や、集団の秩序と深く結びついていきます。
研究はこの矛盾が、単なる心理的欲求ではなく、社会的な実践として繰り返されることで、コミュニティそのものを形づくると論じます。
16年半続いた議論
分析対象となったスレッドは、2008年から2025年まで約16.5年継続しました。
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投稿者数:502人
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投稿数:7,644件
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総語数:約98万語
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上位20人で投稿の約半分を占める
さらに、投稿頻度のジニ係数は0.788。
つまり、発言はごく少数の参加者に強く集中していました。
この時点で見えてくるのは、「みんなで平等に議論している空間」ではないということです。
中心は小さく、階層は明確で、発言権は偏っています。
研究はまず、引用ネットワーク分析によって誰が中心かを可視化しました。
その結果、実質的な中核は十数人程度に絞られ、そこに情報と評価が集まっていました。
そして次に、批判的談話分析を行い、秘密がどのような言語パターンによって維持されるのかを抽出しました。
秘密を守る6つの語り方
研究は、議論の中で繰り返される6つの談話パターンを特定しました。
1. 仮名性(pseudonymity)
完全匿名ではありません。
過去の職歴や経験をほのめかすが、具体は出さない。
「言えないけど、分かる人には分かる」という姿勢が、信用と神秘性を同時に作ります。
2. 示唆(hinting)
もっとも典型的な実践です。
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「詳しくは言えない」
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「それ以上は控える」
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省略記号や暗示的な表現
具体は出さない。
でも「知っている感」は最大化する。
これが、秘密のパラドックスを実務として回す装置になります。
3. 内集団/外集団化
「私たち」と「彼ら」を分ける言い方です。
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「分かりますよね」
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「本質が見えていない」
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「まだ気づいていない人もいる」
内側にいることが、価値になります。
しかし内側が増えすぎると価値は薄れる。
だから外側が必要になります。
4. 忠誠とリスク
「敵にヒントを与えるな」
「国家安全保障上まずいのでは」
この語りは、開示を制限する道徳的な理由になります。
好奇心と責任の綱引きが、議論の秩序を正当化します。
5. 門番(gatekeeping)
公開の場ではなく、私信へ誘導する。
「条件を満たせば教える」といった形式。
情報の流れを制御すること自体が、地位の証明になります。
6. 希少性(scarcity)
出現頻度は低いですが、重要です。
「本当に重要なのは別だ」
「そこは核心ではない」
誰かが過剰に開示したとき、中心側は価値づけを下げることで秘密を守れます。
たとえ“全部言った”つもりでも、「それは本物ではない」と再定義できる。
なぜ議論は終わらないのか
この6つが合流すると、次の循環が生まれます。
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知っていることを示したい
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でも全部は言わない
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内側は小さく保つ
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外側は入りたがる
その結果、「秘密を暴くための議論」が、逆に秘密を維持する方向に働きます。
さらに重要なのは、仮に誰かが完全開示を試みても、構造がそれを吸収できることです。
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外側は真偽を判断できない
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内側は価値を下げる
こうして、システムは崩れません。
議論は「終わらない構造」になります。
研究は、秘密のパラドックスが単なる心理的欲求ではなく、コミュニティが自己組織化するための実践になりうると結論づけます。
私たちは何を守っているのか
この研究は、秘密の内容を一切明かしません。
それでも、読後に残る問いは大きいものです。
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なぜ私たちは「全部言わない」ほうを選ぶのか
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なぜ“曖昧さ”は地位になるのか
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なぜ終わらない議論は魅力的なのか
秘密は、単なる情報ではありません。
それは境界線であり、関係性であり、秩序を生む装置です。
「秘密を知りたい」という欲望は、しばしば「終わらせたい」という欲望と結びついています。
しかしこの研究が示しているのは、私たちが本当に求めているのは“結末”ではなく、秩序の中での位置取りなのかもしれない、という可能性です。
言い切ってしまえば、物語は終わる。
曖昧にすれば、関係は続く。
では私たちは、どちらを選び続けているのでしょうか。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1701598)

