- 大腸がんの化学療法では、効果だけでなく副作用や生活・経済的負担も考えるため、後悔を感じる人がいることがある。
- 後悔を減らすには社会的サポートが多いことと、自分で納得して選べた感覚(決定セルフエフィカシー)が大切で、特に選択の過程への後悔と関係する。
- 学歴や収入が低いと後悔が大きくなりやすく、情報にアクセスしづらい点も影響する。
診療の選択を振り返るとき、なぜ後悔は生まれるのか
がん治療における意思決定は、医学的な選択であると同時に、人生に深く関わる選択でもあります。
とくに大腸がんの化学療法では、治療の効果だけでなく、副作用、生活への影響、経済的負担など、多くの要素を同時に考慮しなければなりません。そのため、治療を終えたあとに「あの選択でよかったのだろうか」と振り返り、後悔の感情を抱く人も少なくありません。
今回紹介する研究は、中国・内モンゴル医科大学看護学院および同大学附属病院消化器外科の研究グループによって行われました。この研究は、大腸がん患者が化学療法の選択を振り返ったときに生じる「決定後悔(decision regret)」が、どのような要因と関係しているのかを明らかにしようとしたものです。
とくに注目されたのは、「社会的サポート」と「決定セルフエフィカシー(decision self-efficacy)」という二つの要素でした。
「決定後悔」とは何か
決定後悔とは、過去の選択を振り返ったときに生じる否定的な感情のことを指します。医療の文脈では、治療の結果そのものだけでなく、「選択の過程」や「選ばなかった別の選択肢」に対する思いも含まれます。
この研究では、決定後悔を三つの側面に分けて測定しています。
一つ目は、情報収集や話し合いの過程に対する後悔。
二つ目は、選択肢そのものに対する後悔。
三つ目は、治療の結果に対する後悔です。
つまり、「結果がつらかった」という感情だけでなく、「もっとよく考えられたのではないか」「別の治療を選ぶこともできたのではないか」といった思いも、決定後悔として捉えられています。
研究の対象と方法
研究の対象となったのは、中国内モンゴル自治区の三次医療機関で化学療法を受けている大腸がん患者243人です。
全員が18歳以上で、少なくとも一度は化学療法を経験しており、調査は2025年7月から10月にかけて行われました。
参加者は、
・社会的サポートの程度
・治療に関する決定セルフエフィカシー
・決定後悔の程度
について質問紙に回答しました。
また、年齢、学歴、職業、収入などの社会的背景や、病期、治療内容といった臨床的情報もあわせて分析されています。
決定後悔が強くなりやすい人の特徴
分析の結果、決定後悔の強さにはいくつかの社会的要因が関係していることが示されました。
とくに関連が強かったのは、学歴、職業、そして月収です。
学歴が低い人ほど、また収入が低い人ほど、決定後悔の得点は高い傾向がありました。
さらに、無職の人は、公的機関に勤めている人や退職者に比べて、後悔の程度が高いことも示されています。
研究者たちは、経済的な制約や情報へのアクセスのしにくさが、治療選択の不安や迷いを強め、結果として後悔につながりやすくなる可能性を指摘しています。
社会的サポートは後悔を減らす
この研究で明確に示されたのは、社会的サポートが多い人ほど、決定後悔が少ないという関係です。
社会的サポートとは、家族や友人、医療者などから得られる情緒的支え、情報提供、実際的な援助を含みます。
社会的サポートが高い人ほど、治療を振り返ったときに「もっと違う選択があったのでは」と思う傾向が弱いことが、統計的にも確認されました。
鍵となる「決定セルフエフィカシー」
さらに重要なのは、社会的サポートが直接後悔を減らすだけでなく、「決定セルフエフィカシー」を通じて作用している点です。
決定セルフエフィカシーとは、
「必要な情報を理解できる」
「医療者に質問できる」
「自分の価値観をもとに判断できる」
といった、意思決定に対する自信の感覚を指します。
研究では、社会的サポートが高い人ほど決定セルフエフィカシーも高く、その結果として決定後悔が低くなることが示されました。
統計モデルの分析では、社会的サポートが後悔に与える影響の約半分が、この決定セルフエフィカシーを介して説明されることが明らかになっています。
結果だけではなく「過程」が重要だった
興味深い点として、決定セルフエフィカシーは、とくに「選択の過程」や「選択肢」に対する後悔と強く関係していました。一方で、治療の結果そのものに対する後悔との関連は比較的弱いものでした。
これは、治療の副作用や経過など、結果の一部は本人の努力ではコントロールできないためと考えられます。
それでも、「自分で考え、納得して選んだ」という感覚があるかどうかが、後悔の大きさを左右していることが示唆されています。
この研究が示す意味
この研究は、大腸がんの化学療法という負担の大きい治療において、後悔を減らすためには「支えてくれる人の存在」と同時に、「自分で選べているという感覚」が重要であることを示しています。
単に情報を与えるだけでなく、患者が理解し、質問し、考え、自分の選択として受け止められるような関わりが、長期的な心理的負担を軽減する可能性があります。
治療の正解は一つではありません。
しかし、「自分なりに選べた」と感じられることが、後悔を小さくする一つの鍵であることを、この研究は静かに示しています。
(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0339927)

