何もしないか、注意するか——その判断はどこから来るのか?

この記事の読みどころ
  • 人は周囲の人がどう反応しているかを観察することで、罰の仕方を学び変えることがある。
  • 罰には不作為、ゴシップ、社会的排除、対面の注意の四つの型があり、どれが適切かは社会によって違うとされる。
  • 観察の影響は別の場面にも及び、より抽象的なメタノームとして学習される可能性がある。

人は「どう罰するか」を、どこで学んでいるのか

社会の中で生活していると、誰かが暗黙のルールを破る場面に出会うことがあります。
列に割り込む人、静かな場所で騒ぐ人、場にそぐわない振る舞いをする人。そうした場面で、私たちは必ずしも同じ反応を取るわけではありません。注意する人もいれば、陰で話題にする人もいますし、何もせずにやり過ごす人もいます。

この「どう反応するか」という選択には、実は社会ごとに共有されている期待があります。
研究者たちはこれを**メタノーム(メタ規範)**と呼んでいます。メタノームとは、社会的なルール違反に対して「罰するべきか」「罰するとしたら、どんな方法が適切か」という、いわば“罰し方のルール”です。

この研究は、人がそうしたメタノームをどのように身につけ、変えていくのかを調べたものです。とくに注目したのは、「他人の行動を観察すること」が、その学習にどのような役割を果たしているのか、という点でした。


研究を行った組織と目的

この研究は、ケベック大学トロワリヴィエール校 心理学部と、モントリオール大学 心理学部に所属する研究チームによって行われました。

研究の目的は明確です。
人は、周囲の人がどのようにルール違反に反応しているかを観察することで、自分自身の「罰し方の基準」を変えるのか。
そして、その変化は、目にした具体的な場面に限られるのか、それともより抽象的なレベルで一般化されるのか。

研究者たちは、この問いに実験的に答えようとしました。


罰にはいくつかの「型」がある

この研究では、日常生活でよく見られる反応を、次の四つに整理しています。

まず一つ目は、**何もしない(不作為)**です。
違反に気づいても、関わらずにそのままにする選択です。

二つ目は、ゴシップです。
本人がいないところで、その行動を否定的に話すことです。直接対立せずに評価を共有する、間接的な罰と位置づけられています。

三つ目は、社会的排除です。
その人との接触を避ける、距離を取るといった行動です。これも間接的な罰に含まれます。

四つ目は、**対面での注意や非難(対立)**です。
本人に直接言葉を向ける方法で、即効性はありますが、反発や対立のリスクも伴います。

この四つのうち、どれが「適切」と感じられるかは、文化や社会によって大きく異なることが、これまでの研究で示されてきました。


実験の進め方

研究には、カナダ・ケベック州在住の成人314人が参加しました。
実験はオンラインで行われ、参加者はさまざまな「社会的ルール違反の場面」を文章で読み、それに対してどう感じ、どう行動するかを答えました。

実験は三つの段階に分かれています。

最初の段階では、参加者自身の基準を測定しました。
それぞれの場面について、「どれくらい不適切だと思うか」を評価し、もし自分が目撃したらどう行動するかを選びます。

次の段階が、この研究の核心です。
ここでは参加者は、別の匿名の人が同じような場面にどう反応したかを「観察する役割」になります。ただし、実際には研究者が用意した反応が提示されており、ある参加者は「ゴシップが多い集団」、別の参加者は「排除が多い集団」、さらに別の参加者は「対立が多い集団」を見せられるように割り当てられていました。

最後の段階では、最初と同じ場面を再び評価し、自分ならどう行動するかを答えます。
これによって、他人の反応を見た後で、自分の選択が変わったかどうかを調べることができました。


もともとの傾向:多くの人は「何もしない」

まず明らかになったのは、実験開始時点での参加者の傾向です。
多くの場面において、参加者は「罰を与える」よりも「何もしない」を選ぶことが多くありました。

これは、ケベックという社会が、比較的「ルールからの逸脱に寛容」な文化的特徴をもつことと一致しています。
研究者たちは、この点を、既存の国際比較研究とも整合的な結果だと位置づけています。


他人の行動を見ると、反応は変わる

次に注目されたのは、他人の反応を観察した後の変化です。

結果は明確でした。
参加者は、自分が観察した集団でよく使われていた罰の方法を、その後の判断でより多く選ぶようになっていました。

たとえば、ゴシップが多い集団を見た参加者は、その後、自分自身もゴシップを選ぶ確率が高くなりました。
排除が多い集団を見た人は排除を、対立が多い集団を見た人は対立を、相対的に選びやすくなっていたのです。

重要なのは、単に「罰を与えるようになった」だけではない点です。
どの種類の罰を使うかという選択が、観察したパターンに応じて変化していました。


見た場面とは別の場面にも影響が及ぶ

さらに注目すべきなのは、この変化が「同じ場面」に限定されていなかったことです。

参加者が観察したのは、実験の途中で提示された別の場面でした。
それにもかかわらず、最初に見た場面に戻ったときにも、その影響が現れていました。

つまり、人は「この場面ではこうする」という個別の学習ではなく、
「この社会では、だいたいこういう罰し方が好まれる」という、より抽象的なルールを読み取っていた可能性が示されたのです。

研究者たちは、この点を、メタノームの学習が刺激と反応の単純な結びつきではなく、より高いレベルで行われている証拠だと解釈しています。


評価そのものは、すぐには変わらない

一方で、少し意外な結果もありました。

他人の反応を見たあとでも、参加者が「その行動をどれくらい不適切だと思うか」という評価自体は、全体としては大きく変わりませんでした。

ただし、細かく見ると、変化が起きている場面もありました。
最初は「何もしない」を選んでいた参加者が、後に「罰する」に切り替えた場面に限ると、その行動をより不適切だと評価する傾向が見られたのです。

この結果は、「評価が先に変わるのか」「行動が先に変わるのか」という問いを新たに投げかけています。
研究者たちは、この関係については今後さらに検討が必要だとしています。


この研究が示していること

この研究が示しているのは、人が社会の中で「どう罰するか」を学ぶ過程が、想像以上に柔軟であるという点です。

私たちは、明示的に教えられなくても、周囲の人がどんな反応をしているかを見て、その社会に合った振る舞い方を調整しています。
しかも、その学習は具体的な出来事を超えて、一般化されたルールとして身についていく可能性があります。

研究者たちは、この仕組みが、文化や社会による違いが生まれ、維持され、変化していく背景を理解する手がかりになると述べています。


おわりに

この研究は、メタノームという目に見えにくい社会的ルールが、どのように個人の中に形づくられていくのかを、実験的に示したものです。

私たちが「なんとなく空気を読む」と感じている行為の裏側には、他人の行動を注意深く観察し、そこから抽象的なルールを引き出す、人間の認知的な働きがあるのかもしれません。

その過程は、特定の文化や集団に閉じたものではなく、環境が変われば更新され続けるものだということを、この研究は示しています。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1668877

テキストのコピーはできません。