待てないのは、意志の問題ではない

この記事の読みどころ
  • 待っている間の脳のアルファ波の動きが、衝動性の強さと関係している
  • 報酬を受け取った瞬間の脳の反応は、衝動性の違いを十分には説明しなかった
  • 自制心のある人ほど待つ間の注意を保ち、衝動的な人は待つことを耐えづらいと考えられる

待つことが、こんなにも違って感じられる理由

「少し待てば、もっと良い結果が得られる」。
このことを頭では理解していても、実際に“待つ”となると、どうしても落ち着かなくなったり、つい目の前の小さな選択をしてしまったりする人がいます。一方で、長い待ち時間でも淡々と耐え、先の報酬を選び続けられる人もいます。

この違いは、性格や意志の強さだけで説明できるのでしょうか。
ロシア科学アカデミー高次神経活動・神経生理学研究所と、ロシアのシリウス科学技術大学認知科学センターによる研究は、「待っているあいだの脳の状態」に注目することで、この問いに新しい視点を与えています。


衝動性は「報酬をどう待つか」の問題でもある

この研究が扱うテーマは「衝動性」です。
衝動性とは、行動や思考を抑えることが難しかったり、将来の結果よりも目先の選択を優先してしまったりする傾向を指します。物質使用障害、ギャンブル障害、ADHDなど、さまざまな精神的困難と関連することが知られていますが、その仕組みは一様ではありません。

研究者たちは、衝動性を「報酬そのものへの反応」だけでなく、「報酬を待っているあいだの処理」から捉え直そうとしました。
とくに重要なのは、「待つ時間を、脳がどのように過ごしているのか」という点です。


実際に“待たされる”課題を使った実験

この研究の特徴は、実際に待ち時間を体験する課題を用いている点です。
多くの研究では、「数週間後に大きな報酬がもらえる」といった仮想的な選択を扱いますが、ここでは待ち時間が1秒から30秒まで設定され、参加者はその場で待つ必要がありました。

参加者は、
・すぐに得られる小さな報酬
・しばらく待つと得られる大きな報酬
のどちらかを選びます。

重要なのは、「待っている途中でも、いつでも小さな報酬を選べる」という点です。
大きな報酬を得るには、目の前に提示されている小さな報酬を抑え込み、待ち続けなければなりません。

この選択行動から、研究者たちは「遅延割引指標」という数値を算出しました。
この値が低いほど、その人は衝動的に小さな即時報酬を選びやすく、高いほど自己制御的に待てるとされます。


報酬を受け取った瞬間の脳は、あまり違わなかった

まず研究者たちは、報酬を受け取った直後の脳活動に注目しました。
EEGを用いて、報酬フィードバックに関連するシータ波やデルタ波と呼ばれる活動を調べたのです。

結果として、報酬を受け取った瞬間には、確かにこれらの脳活動が観測されました。しかし、それらの強さは、衝動的な人と自己制御的な人とで、有意な違いを示しませんでした。

つまりこの課題では、「報酬をもらった瞬間の反応」そのものが、衝動性の違いを説明してはいなかったのです。


違いが現れたのは「待っているあいだ」だった

一方で、決定的な違いが見られたのは、報酬を待っているあいだの脳活動でした。

研究者たちは、後頭部から頭頂部にかけて観測されるアルファ帯域の活動に注目しました。
アルファ活動は、注意の集中や、無関係な刺激を抑える働きと関係していると考えられています。

分析の結果、衝動的な選択をしやすい人ほど、報酬を待っているあいだのアルファ活動が高いことが分かりました。
逆に、自己制御的に待てる人ほど、この活動は低く抑えられていました。

この差は、待ち時間が7秒でも30秒でも一貫して見られました。


「待つこと」に集中できているかどうか

アルファ活動が高い状態は、必ずしも「怠けている」ことを意味するわけではありません。
しかし、これまでの研究からは、アルファ活動の低下が「注意が外界にしっかり向けられている状態」と関連することが示されています。

この結果を踏まえると、研究者たちは次のように解釈します。
自己制御的な人は、待ち時間のあいだも注意を保ち、目の前の誘惑を抑えながら、将来の報酬に向けた状態を維持している。
一方で衝動的な人は、待ち時間に注意をうまく向け続けられず、待つこと自体が主観的に苦しく感じられている可能性がある。

興味深いのは、この課題では「早く終わらせても得をしない」ように設計されていた点です。
それでも衝動的な参加者は、小さな報酬を選び続けました。
これは、合理的な判断よりも、「待つことへの耐えにくさ」が選択を左右していたことを示唆しています。


衝動性は「弱さ」ではなく、脳の状態の違いかもしれない

この研究は、衝動性を「報酬に過敏な性格」としてではなく、「待つあいだの脳の使い方の違い」として捉え直しています。

報酬を受け取った瞬間の反応は似ていても、
その前段階である「待つ時間」をどう過ごしているかには、明確な違いがある。

衝動的な行動は、意志の弱さや怠慢の結果ではなく、
待つことに集中し続ける神経的な負荷の高さから生じている可能性があります。


待てない理由は、ちゃんと理由がある

この研究は、実際に待つ時間を体験させるという手法を通じて、衝動性の神経的な背景を丁寧に描き出しました。
衝動的な人は、報酬を「欲しがりすぎている」のではなく、
待つあいだを保つ仕組みが、あまり効率的に働いていないのかもしれません。

待てないことには、理由がある。
そしてその理由は、行動の裏側で静かに続いている、脳の時間の使い方に隠れているようです。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1746734

テキストのコピーはできません。