感情をうまく扱える人は、なぜ問題を解決できるのか

この記事の読みどころ
  • 感情知能が高い人は心のウェルビーイングが高く、日常を安定させやすいことが分かった。
  • 感情知能は問題解決力を直接高め、困難に向かって自信を持って対処できると評価されている。
  • 心のウェルビーイングは仲介役にはならず、感情知能は心の状態を経由せずとも問題解決力を促すとされる。

感情知能は、なぜ心の調子と問題解決力を同時に高めるのか

──大学生を対象にした実証研究から見えてきたこと

私たちは日常の中で、うまく気持ちを扱えたときに物事が前に進みやすくなる、という感覚を持っています。
焦りや怒りに振り回されると判断を誤りやすく、逆に落ち着いて自分の感情を整理できると、解決策が見えてくる。

今回紹介する研究は、こうした感覚を「感情知能」「心のウェルビーイング」「問題解決力」という三つの視点から、実証的に検討したものです。
トルコの大学に在籍する学生を対象に、感情知能が心の状態や問題解決にどのように関係しているのかを、統計的に丁寧に分析しています。


この研究は何を調べたのか

この研究を行ったのは、トルコの複数の大学に所属する研究グループです。
対象となったのは、スポーツ科学系の学部に在籍する大学生707名でした。

研究の中心的な問いは、次の四点です。

・感情知能は、問題解決力を高めるのか
・感情知能は、心のウェルビーイングを高めるのか
・心のウェルビーイングは、問題解決力に影響するのか
・心のウェルビーイングは、感情知能と問題解決力の関係を仲介するのか

ここでいう感情知能とは、自分や他者の感情に気づき、理解し、調整しながら行動に活かす力のことです。
心のウェルビーイングは、単に落ち込んでいないという状態ではなく、前向きな感情、充実感、人とのつながりなどを含む広い概念です。
問題解決力は、困難な状況に直面したときに、考え、選択し、対処していく力を指します。


どのように調べたのか

研究では、すべて質問紙による調査が行われました。

・感情知能については、自己の感情的な能力の認知を測る尺度
・心のウェルビーイングについては、日常的な心の状態を評価する尺度
・問題解決力については、問題にどう向き合い、どう対処するかの自己評価尺度

これらのデータを用いて、感情知能が直接・間接的にどのような影響を及ぼしているのかを、媒介分析という方法で検討しています。


感情知能が高いほど、心のウェルビーイングは高かった

分析の結果、まず明確に示されたのは、感情知能と心のウェルビーイングの強い関連でした。

感情知能が高い学生ほど、心のウェルビーイングの得点も高く、統計的にもはっきりとした関係が確認されました。
これは、感情を理解し調整できる人ほど、日常生活の中で安定した心理状態を保ちやすいことを示しています。

研究モデル全体で見ると、感情知能は心のウェルビーイングのばらつきの約4割を説明していました。
この数字は、心理学研究としては比較的高い説明力にあたります。


感情知能は、問題解決力にも直接影響していた

次に注目されたのが、感情知能と問題解決力の関係です。

結果は明確でした。
感情知能は、問題解決力を直接的に高めていました。

感情知能が高い学生ほど、困難な状況に対して自信を持ち、回避せずに向き合い、自分をコントロールしながら対処できていると自己評価していました。

ただし、問題解決力についての説明力は限定的でした。
感情知能が説明できたのは、問題解決力のばらつきの約8%にとどまっています。


心のウェルビーイングは「仲介役」ではなかった

この研究で特に注目されたのは、
心のウェルビーイングが、感情知能と問題解決力のあいだを仲介しているのか
という点でした。

直感的には、
「感情知能が高い → 心の状態が良くなる → 問題解決もうまくいく」
という流れを想像しがちです。

しかし、統計的な検証の結果、この仲介効果は確認されませんでした

心のウェルビーイング自体は、問題解決力と弱い関連を示してはいましたが、
感情知能から問題解決力への影響を説明する決定的な要因にはならなかったのです。

つまり、
感情知能は、心の状態を経由しなくても、直接的に問題解決力を高めている
という構造が示されました。


この結果は何を意味しているのか

この研究結果は、感情知能の役割を少し違った角度から浮かび上がらせます。

心のウェルビーイングは、人生全体の質を高める重要な要素です。
しかし、問題に直面したときに「どう考え、どう動くか」という力は、
単に気分が良いかどうかだけでは決まらない、ということが示唆されました。

感情知能は、
・感情に振り回されない
・状況を冷静に捉える
・衝動的な反応を抑える

といった、より直接的な認知・行動の調整に関わっており、
その力が問題解決に直結していると考えられます。


教育や支援への示唆

研究者たちは、この結果からいくつかの示唆を導いています。

大学生を対象とした支援や教育では、
「心の調子を良くすること」だけでなく、
感情を理解し、調整し、使いこなす力そのものを育てることが重要だという点です。

感情知能を高める取り組みは、
・心のウェルビーイングを高める
・同時に、問題解決力も直接的に支える

という二重の意味を持つ可能性があります。


この研究の限界と今後の課題

研究者たちは、この研究にいくつかの限界があることも明確に述べています。

・対象がスポーツ科学系の学生に限られていること
・一時点での調査であり、因果関係を断定できないこと
・自己評価による測定であること

今後は、異なる学部や年齢層を含めた研究や、時間を追った縦断的研究が必要だとされています。


おわりに

この研究は、
「感情知能は、心を整えるだけでなく、行動の質そのものを変える力を持っている」
ということを、実証的に示しました。

問題を解決できる人は、単に前向きな気分でいる人ではなく、
自分の感情を理解し、扱いながら、現実に向き合える人なのかもしれません。

感情知能という見えにくい力が、
私たちの日常の選択や対処の積み重ねを、静かに支えていることを感じさせる研究です。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1687583

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