- AIが作る情報が私たちの記憶や現実の感じ方に影響を与える可能性があることが指摘されています。
- 影響は「SNSのAIの存在感」「現実の歪み」「記憶の改変」という三つの要素と、それを測る13項目の質問票で説明されています。
- ただし研究には若い大学生のみを対象などの限界があり、今後別の人や文化での検証が課題として挙げられています。
AIがつくる「思い出」は、どこまで本物なのか
私たちは日々、SNSや動画プラットフォームを通じて、膨大な情報に触れています。ニュース、画像、過去の出来事、歴史的事実。そうした情報の多くは、もはや人間だけで選ばれ、編集され、届けられているわけではありません。背後には、人工知能が存在しています。
この論文は、そうしたAIが介在する情報環境の中で、人々の「記憶」や「現実感」がどのように揺さぶられているのかを、心理学的に測定しようとした研究です。研究者たちは、従来から知られてきた「マンデラ効果」が、AIによって新たな形に変質している可能性に注目しました。そしてそれを「マンデルAI効果」と名づけ、測定するための心理尺度を開発・検証しています。
マンデラ効果が、AIによって変わるとき
マンデラ効果とは、多くの人が「確かにそうだったはずだ」と信じている記憶が、実際には事実と異なっている現象を指します。出来事そのものが間違っているのではなく、記憶の共有のしかたそのものがズレている点が特徴です。
この論文が注目するのは、そのズレが、もはや人間同士の会話や噂話だけで生じているわけではない、という点です。AIによって生成された画像や文章、アルゴリズムによって繰り返し表示される情報が、人々の記憶の再構成に直接関与しはじめている。研究者たちは、ここに新しいタイプの認知的リスクがあると考えました。
研究が想定した三つの心理的要素
研究チームは、AIによるマンデラ効果を理解するために、三つの要素に分けて考えました。
SNSにおけるAIの存在感
まず一つ目は、SNS上でAIがどれほど強く情報の流れを支配していると感じられているか、という点です。何が表示され、何が拡散され、どの情報が「重要そう」に見えるのか。その背後にAIがいると利用者が自覚しているかどうかが問われます。
ここで重要なのは、AIが実際に何をしているかではなく、「AIが介入していると人が感じているかどうか」です。この主観的な認識そのものが、心理的影響をもたらすと研究者たちは考えました。
現実の歪み
二つ目は、現実と虚構の区別が曖昧になっていく感覚です。AIによって作られた画像や動画は、非常にリアルです。そのため、「本当に起きたこと」と「もっともらしく作られたもの」の境界が揺らぎます。
研究では、AI生成コンテンツへの繰り返しの接触が、「何が本当なのかわからない」という混乱を引き起こす心理状態を生み出す可能性があると指摘されています。
マンデルAI効果そのもの
三つ目が、記憶の改変です。過去の出来事について、「以前はこうだったはずだ」という確信が、AIを介した情報接触によって書き換えられてしまう。この論文では、AIが生成・拡散する情報が、集団的な誤った記憶を強化する役割を果たしうると考えています。
心理尺度を「作る」ことの意味
この研究の大きな特徴は、こうした抽象的な現象を、心理尺度として定量化しようとした点にあります。研究者たちは、専門家による内容検討、予備調査、因子分析を経て、13項目からなる質問票を完成させました。
その結果、この尺度は非常に高い信頼性と妥当性を示しました。三つの要素は互いに関連しながらも、統計的には区別可能であることが確認されています。つまり、「AIの存在感」「現実の歪み」「記憶の改変」は、重なり合いながらも別の心理過程として測定できる、ということです。
なぜこの研究が重要なのか
この論文が示しているのは、「誤情報に騙されるかどうか」という単純な話ではありません。問題はもっと深いところにあります。
AIが介在する情報環境では、記憶そのものが、個人の内部だけで完結しなくなります。何度も表示され、何度も共有される情報が、「思い出しやすさ」や「確からしさ」を変えていく。その結果、人々は自分の記憶に対してさえ、確信を持てなくなっていく可能性があります。
研究者たちは、これを「認識の不安定化」や「認識的混乱」として捉えています。AIは単なる道具ではなく、現実の理解や記憶の形成に関与する存在になりつつある、という認識が、この研究の根底にあります。
限界と、これからの課題
もちろん、この研究にも限界はあります。調査対象は若い大学生に限定されており、文化的背景も一地域に絞られています。また、自己報告式の質問票であるため、主観的なバイアスも完全には排除できません。
それでも、この研究は、AI時代の記憶と現実感を考えるための、重要な出発点を提示しています。今後、年齢や文化の異なる集団での検証や、長期的な変化を追う研究が進めば、マンデルAI効果はさらに具体的な輪郭を持つようになるでしょう。
AI時代の「確かさ」をどう守るのか
この論文が問いかけているのは、最終的には「私たちは、何をもって現実だと信じるのか」という問題です。AIが情報を選び、加工し、提示する社会において、記憶と真実は、ますます社会的・技術的に構成されるものになっています。
マンデルAI効果という概念は、そうした変化を一つの名前で捉え直そうとする試みです。AIが人間の認知に入り込む時代に、私たちがどのように現実と向き合うのか。その問いは、これからさらに重みを増していくのかもしれません。
(出典:Universitas Psychologica (Vol. 24) DOI: 10.21608/ejsc.2025.405911)

