- 幽霊体験は多くの人が経験すると言われ、珍しいことではないとされている。
- 科学はすべてを説明できず、心理的・生理的・社会的要因が関与する可能性が高い。
- 専門家に相談し、恐怖を煽らず情報を検証するファクトシートの役割が重視されている。
「幽霊体験」はなぜ世界中で語られ続けるのか
――科学はどこまで説明できているのか
「幽霊を見た」「家が何かに取り憑かれている気がする」「説明できない音や気配を感じた」。
こうした体験は、オカルト的な話題として片づけられがちですが、実は世界各地で、驚くほど多くの人が報告しています。
アメリカやイギリスをはじめとする大規模調査では、人口の2割から4割近くが、何らかの“幽霊的体験”をしたことがあると答えています。
つまり、幽霊や怪奇現象の話は、ごく一部の特殊な人だけのものではなく、多くの人が人生のどこかで触れる可能性のある経験なのです。
こうした体験は、強い恐怖や不安、混乱を引き起こすこともあります。
その一方で、インターネットや書籍、動画メディアでは、刺激的で断定的な説明――「科学的に証明された」「悪霊の仕業だ」など――があふれ、体験した本人の不安をさらに強めてしまうことも少なくありません。
この状況に対し、アメリカ・イギリス・スペインなどの研究者グループは、「幽霊体験」について科学的根拠に基づき、落ち着いて理解するための情報シート(ファクトシート)を作成しました。
本論文は、そのファクトシートが本当に正確で、役に立ち、誤解を生まない内容になっているかを検証した研究です。
幽霊体験は「珍しい異常」なのか
論文がまず強調しているのは、幽霊体験がきわめて一般的な人間経験であるという点です。
研究者たちは、「幽霊」「ポルターガイスト」「取り憑き」といった多様な表現をまとめて**ゴーストリー・エピソード(ghostly episodes)**と呼んでいます。
これは、視覚・聴覚・身体感覚・感情などが組み合わさって生じる体験の総称です。
重要なのは、こうした体験が必ずしも精神疾患や異常を意味しないという点です。
多くの場合、人は強いストレス、不安、体調不良、環境の変化などの中で、感覚が鋭敏になり、意味づけが変化します。
その結果、「説明のつかない出来事」として体験が解釈されることがあります。
論文では、これを単純に「思い込み」や「嘘」と切り捨てる態度も、逆に「超常現象だ」と断定する態度も、どちらも問題だとしています。
科学は幽霊を否定しているのか
この研究の特徴は、極端な立場を取らないことです。
論文は、「幽霊は存在しない」とも、「存在する」とも断言しません。
現在の科学的知見として言えるのは、次の点です。
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幽霊体験は、多くの人が実際に経験している
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心理的・生理的・社会的要因が深く関与している可能性が高い
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しかし、すべての事例を完全に説明できる統一理論は、まだ存在しない
つまり、科学は「わかっていないことがある」と正直に認めているのです。
この姿勢は、体験者を尊重しつつ、過剰な恐怖や誤情報から守るために重要だと論文は述べています。
「幽霊体験」をしやすい人の特徴
論文で紹介されている研究の整理から、次のような傾向が示されています。
幽霊体験を報告する人には、
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環境や身体の変化に敏感である
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内的な感覚(体の違和感、感情の揺れ)と外的な刺激を結びつけやすい
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強いストレス状態や「落ち着かない状態(ディスイーズ)」にある
といった特徴が見られることがあります。
ただし、これは「弱さ」や「異常」を意味するものではありません。
論文では、こうした人をハウンテッド・ピープル・シンドロームという枠組みで説明していますが、これは病名ではなく、体験の起こりやすさを理解するための概念です。
危険性はあるのか
多くの人が気にするのは、「幽霊体験は危険なのか」という点でしょう。
論文によれば、身体的な危険が生じるケースはまれです。
一方で、心理的な影響は無視できません。
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強い恐怖や不安
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現実感の揺らぎ
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宗教観や世界観の動揺
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「自分がおかしくなったのではないか」という自己不信
こうした苦痛が、体験後に長く続く場合もあります。
だからこそ、論文は「煽る情報」や「断定的な説明」が、体験者の苦しみを深めてしまう危険性を指摘しています。
何かに「取り憑かれた」と感じたら、どうすればいいのか
ファクトシートと本論文が一貫して勧めているのは、冷静で信頼できる支援につながることです。
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興味本位のアマチュア調査団体や、過激な主張をする人を安易に頼らない
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心理学や精神保健の専門家、信頼できる教育機関に相談する
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体験を否定も肯定もせず、「何が起きているのか」を一緒に整理する
重要なのは、「怖がらせない」「決めつけない」姿勢です。
なぜ「情報シート」を検証する研究が必要だったのか
この論文の核心は、情報の質そのものを検証した点にあります。
研究者たちは、作成されたファクトシートについて、次の点を調べました。
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内容は、査読付き論文に基づいているか
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一般の人にも理解できるか
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専門家や体験者にとって役に立つか
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勧めたいと思える内容か
その結果、
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内容の正確さ
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全体としての信頼性
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専門家からの高い評価
が確認されました。
一方で、「文章がやや難しい」「もう少し具体例がほしい」「読みやすさを改善できる」といった改善点も明らかになりました。
「わからないこと」を、わからないまま扱う勇気
この研究が示しているのは、幽霊体験そのものの結論ではありません。
むしろ、人が理解できない体験に出会ったとき、社会がどう向き合うべきかという問いです。
恐怖を煽らず、嘲笑せず、断定せず。
科学的知見を土台にしながら、人の経験を尊重する。
論文は、そのための「静かな道具」として、ファクトシートの価値を位置づけています。
幽霊体験は、これからも語られ続けるでしょう。
だからこそ、私たちには「信じるか、否定するか」以外の選択肢――理解しようとする姿勢が求められているのかもしれません。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1585437)
