- 53歳から84歳の地域住民2419人を対象に、ふだんの歩く速さと抑うつの関係を調べた。
- ふだんの歩くのが遅い人ほど抑うつの点数が高い傾向があり、他の要因を調整してもその関係は残った。
- 性別で違いがあり、男性では関係がはっきり、女性ではやや弱い。因果は分からず、長期の追跡が必要とされている。
ふだんの歩く速さは、心の状態を映しているのか
人の歩き方には、その人の体調や年齢だけでなく、性格や気分がにじみ出ることがあります。元気なときは自然と足取りが軽くなり、気分が沈んでいるときは、歩く速さもどこか遅くなる。多くの人が、感覚的にはそうした経験を持っているのではないでしょうか。
今回紹介する研究は、こうした日常的な感覚が、実際のデータでも確かめられるのかを検証したものです。研究を行ったのは、韓国国立保健研究院を中心とする研究チームで、地域住民を対象とした大規模調査のデータを用いて、「ふだんの歩行速度」と「抑うつ症状」の関係を詳しく分析しています。
「いつもの速さ」で歩くという指標
この研究で注目されたのは、「ふだんの歩行速度」です。これは、できるだけ速く歩いたときのスピードではありません。検査室や歩行路で、「普段どおりのペースで歩いてください」と指示されたときの速さを測ったものです。
研究者たちは、この「いつもの歩く速さ」が、身体機能だけでなく、心の状態とも結びついている可能性があると考えました。特別な質問や自己申告をしなくても、自然な行動の中に心理状態の手がかりが含まれているかもしれない、という視点です。
調査対象は中高年から高齢者まで
分析に用いられたのは、53歳から84歳までの地域在住者2,419人のデータです。男女ともに含まれており、年齢、体格、生活習慣、慢性疾患の有無など、抑うつに影響しうる要因もあわせて記録されています。
抑うつ症状については、標準化された質問票を用いて評価されました。診断を下すための検査ではなく、「気分の落ち込み」や「意欲の低下」といった状態を点数として把握する方法です。
歩く速さが遅い人ほど、抑うつが多かった
分析の結果、ふだんの歩行速度が遅い人ほど、抑うつ症状のスコアが高い傾向があることが示されました。これは、年齢や性別、身体活動量、慢性疾患などを統計的に調整した後でも維持されていました。
特に、歩行速度が最も遅いグループに属する人たちは、速いグループに比べて、抑うつ症状を示す割合が高くなっていました。
男性と女性で見え方が少し違う
興味深いのは、この関係が男女でまったく同じ形ではなかった点です。研究では、歩行速度と抑うつの関連は、男性ではよりはっきりと、女性ではやや弱い形で示されました。
ただし、女性では抑うつ症状を示す人の割合自体が高く、歩行速度だけでは説明しきれない要因が関与している可能性も示唆されています。研究者たちは、社会的役割や健康状態の違いなどが影響している可能性を慎重に指摘しています。
原因と結果は、まだ分からない
この研究は、ある一時点のデータを比較する「横断研究」です。そのため、「歩く速さが遅いから抑うつになるのか」「抑うつがあるから歩く速さが遅くなるのか」は、この研究だけでは判断できません。
研究者たちも、因果関係については結論を出さず、今後は長期間にわたって変化を追う研究が必要だと述べています。
行動の中に、言葉にならないサインがある
この研究が示しているのは、「心の状態は、必ずしも言葉や自覚だけに表れるわけではない」という点です。ふだん何気なく行っている動作の中に、本人も気づいていない変化が含まれている可能性があります。
歩く速さは、特別な検査機器がなくても観察できる行動です。医療や支援の現場で、こうした行動指標が補助的な手がかりとして使われる可能性も考えられます。
ただし、この研究は「診断の代わりになる」と主張しているわけではありません。あくまで、心と体が密接につながっていることを、データを通して静かに示している研究だと言えるでしょう。
歩き方は、今日の気分を映す鏡なのかもしれません。その鏡に、私たちはどれだけ注意を向けているでしょうか。
(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0338458)

