- 孤独は「人が少ない」だけでなく、つながりや自分の気持ちの感じ方で決まると説明されています。
- 運動は直接孤独を減らすのではなく、体を動かすことで自分は「できる」「価値がある」と思える自己評価が高くなり、それが孤独を和らげるとされます。
- ひとりっ子かどうかで結果が変わり、ひとりっ子でない学生は運動が孤独を減らす傾向が強い一方、ひとりっ子は逆の傾向が見られることが示されています。
体を動かすと、孤独はどう変わるのか
大学生にとって孤独感は、決して珍しいものではありません。
人との距離が急に広がり、環境が大きく変わる大学生活の中で、孤独は心の健康に深く関わる問題として注目されています。
今回紹介する研究は、「運動すると孤独は減るのか」という一見シンプルな問いに対して、**その途中にある“心の評価のしかた”**に注目しました。
さらに、ひとりっ子かどうかという家庭背景が、その関係にどう影響するのかも検討しています。
この研究は、中国の大学生を対象に行われた横断調査です。
孤独は「人が少ない」だけでは説明できない
研究ではまず、孤独を「主観的な心理体験」として捉えています。
孤独とは、単に一人でいる状態ではなく、
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つながりが足りないと感じること
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理解されていないと感じること
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心理的な距離を強く意識してしまうこと
といった内側の感覚によって生じるものです。
先行研究では、孤独が抑うつ、不安、自傷行為、身体的不調などと関連することが示されてきました。
そのため、大学生のメンタルヘルスを考えるうえで、孤独は重要な指標とされています。
運動は、なぜ心に影響するのか
身体活動(フィジカル・アクティビティ)は、これまでにも大学生のメンタルヘルスに良い影響をもつことが示されてきました。
ただし、抑うつや不安と比べると、「孤独」との関係は十分に検討されていませんでした。
この研究では、運動が孤独に影響する理由として、次の点が前提とされています。
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運動は、他者と関わる機会を自然に生みやすい
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共同の目標やリズムが、心理的なつながりを生みやすい
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達成感や身体感覚の変化が、感情や自己認識に影響する
こうした要素が、孤独感をやわらげる可能性があると考えられています。
カギになるのは「コア・セルフ・エバリュエーション」
この研究の中心にある概念が、**コア・セルフ・エバリュエーション(コアな自己評価)**です。
コア・セルフ・エバリュエーションとは、
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自分には価値があると思えるか
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自分は物事に対処できる存在だと思えるか
といった、比較的安定した自己評価の土台を指します。
これは一時的な自信とは異なり、
「自分をどういう存在だと感じているか」という深いレベルの認識です。
研究では、
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運動量が多い学生ほど、コア・セルフ・エバリュエーションが高い
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コア・セルフ・エバリュエーションが高いほど、孤独感が低い
という関係が確認されました。
運動は、直接孤独を減らしていたわけではなかった
興味深いのはここからです。
分析の結果、
運動量と孤独感の直接的な関係は、自己評価を考慮すると消えてしまうことが示されました。
つまり、
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運動 → 孤独が減る
ではなく、
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運動 → 自分への評価が変わる
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自分への評価が変わる → 孤独が和らぐ
という完全な媒介関係が成り立っていたのです。
運動そのものが孤独を直接減らしているのではなく、
運動を通じて「自分はできる」「自分には価値がある」という感覚が育つことが、孤独感を下げていた、という構造です。
ひとりっ子かどうかで、効果は変わっていた
さらに研究では、「ひとりっ子かどうか」がこの関係を調整していることも示されました。
結果として、
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ひとりっ子ではない学生では、運動量が多いほど孤独感が低くなる
-
ひとりっ子の学生では、運動量が多いほど孤独感が高くなる傾向が見られた
という、逆方向の関係が観察されました。
研究ではその理由として、次のような可能性が議論されています。
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ひとりっ子は、幼少期から一人で過ごす時間が比較的長い
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運動が「個人で完結する活動」になりやすい場合、社会的なつながりを補えない
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社会的要素の少ない運動は、孤独を和らげない可能性がある
つまり、**運動の「量」だけでなく、「どんな文脈で行われるか」**が重要であることが示唆されています。
支援を考えるときに見えてくること
この研究から見えてくるのは、
「運動すれば孤独は減る」という単純な話ではありません。
重要なのは、
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運動が、その人の自己評価にどう作用するか
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運動が、社会的な経験として機能しているか
という点です。
特に、家庭背景や育ってきた環境によって、
同じ運動でも心理的な意味が変わる可能性が示されています。
研究の限界と、これからの問い
研究者たちは、この研究が横断調査であること、
自己報告データであることなどの限界も明確に述べています。
また、
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学年を広げた調査
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長期的な追跡研究
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客観的な運動測定
などが、今後の課題として挙げられています。
それでもこの研究は、
孤独という感覚が、行動そのものではなく「自己認識」を通じて形づくられている可能性を、具体的なデータで示しました。
孤独をどう理解し、どう支えるか。
その問いに対して、「まず体を動かそう」ではなく、
「その人が自分をどう感じられるか」という視点を差し出している研究だと言えるでしょう。
(出典:BMC Psychology DOI: 10.1186/s40359-025-03898-0)
