- 集団感情が強すぎると批判的思考が弱まり異論が出にくくなり、意思決定の質が落ちる「グループフィール・シンドローム」が起こり得る。
- その状態は感情の強度・ポジティブさの義務化・感情を調整できる人の不在、三つの条件が重なると起こりやすい。
- 集団の一体感は資源にもなり得るが、過度だと負債になる可能性がある、という視点が示されている。
集団感情が「資源」から「負債」へ変わるとき
この研究は、フランス・リヨンにあるビジネススクールを拠点とする研究者によって行われた理論研究であり、集団の中で共有される感情が、どのような条件のもとで意思決定を歪めていくのかを心理学と組織行動論の観点から整理したものです。
私たちは普段、チームや組織で「雰囲気がいい」「前向きな空気だ」という言葉を使います。
そこには、協力しやすさや安心感、モチベーションの高さといった肯定的なイメージがあります。
しかし、この研究は、共有された感情が、ある条件下では逆に集団を機能不全に陥らせる可能性を示しています。
研究者はこの状態を
グループフィール・シンドローム(Groupfeel Syndrome)
と呼びました。
これは、「集団で感じている強い感情」が、批判的思考を弱め、異論を言いにくくし、結果として誤った意思決定へと導いてしまう状態を指します。
集団の感情は、個人の感情の足し算ではない
これまでの心理学研究では、感情は個人の内面の出来事として扱われることが多くありました。
しかし近年は、
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チーム
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部署
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小集団
といった単位で、似た感情が共有される現象が数多く報告されています。
このような状態は、
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グループ感情
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グループムード
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グループの感情的トーン
などと呼ばれてきました。
研究者たちは、集団の感情が生まれる経路として、大きく二つを区別しています。
① 似た気質の人が集まることで生まれる
もともと楽観的な人が多い集団では、自然と明るい雰囲気になりやすくなります。
不安を感じやすい人が多い集団では、慎重で緊張感のある空気になりやすくなります。
つまり、メンバーの感情的な傾向の集合が、集団の感情を形づくるという考え方です。
② 感情が「感染」して広がる
もう一つは、**感情伝染(emotional contagion)**と呼ばれる仕組みです。
誰かが不安そうな表情をしていると、自分も不安になります。
誰かが興奮していると、自分も高揚します。
こうした表情・声・態度を通じて、感情が連鎖的に広がっていきます。
この二つの仕組みが重なり合いながら、集団の感情は形成されていきます。
これまでの研究の偏り
集団感情の研究は、長らく「良い面」に注目してきました。
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雰囲気が良いと協力しやすい
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前向きな感情はパフォーマンスを高める
といった知見です。
しかし研究者は、次の点に疑問を投げかけます。
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感情が共有されること自体は、本当にいつも良いのか
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ポジティブな感情は、常に良い結果を生むのか
答えは「そうとは限らない」です。
グループフィール・シンドロームとは何か
研究者は、集団感情が問題化する状態を次のように定義します。
集団内で強く共有された感情が、
評価・判断・批判的思考を妨げ、
異論を抑圧し、
集団を硬直した感情の軌道に閉じ込める状態。
この状態は、次の三つの条件が重なったときに生じやすいとされます。
条件① 感情の「強度」が高い
感情は弱いときには、判断の参考情報になります。
しかし、強すぎる感情は注意の焦点を狭めます。
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気分が高揚しすぎる
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恐怖が強すぎる
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興奮しすぎる
こうした状態では、人は他の情報を十分に見なくなります。
研究では、宗教的コミュニティや金融取引現場の事例が示されます。
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強い陶酔状態の中で、現実的な問題(お金・手続き・リスク)が無視される
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市場のパニックの中で、明らかに割高な価格が正当化される
感情が強くなるほど、「考える」より「感じる」が前面に出てくるのです。
条件② ポジティブであることが「義務」になる
集団の中で、
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「空気を悪くしないで」
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「前向きでいよう」
といった雰囲気が強くなると、問題が生じます。
否定的な意見が、
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現実的な指摘
ではなく -
「ネガティブな人」
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「和を乱す人」
として扱われるようになるからです。
このとき、異論は議論されず、感情的な問題として処理されます。
結果として、
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皆が同意している「ように」見える
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しかし実際には、多くの人が疑問を抱えたまま黙っている
という状態が生まれます。
条件③ 感情を調整できる人がいない
感情知能(Emotional Intelligence)とは、
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自分や他人の感情を理解する
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感情を調整する
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感情を意思決定にうまく使う
能力を指します。
集団の中に、
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「少し落ち着こう」
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「別の可能性も考えてみよう」
と言える人がいない場合、感情の暴走を止める仕組みがありません。
その結果、
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興奮は興奮のまま
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不安は不安のまま
増幅され続けます。
三つの条件が重なると何が起こるか
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感情が強い
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ポジティブであることが求められる
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ブレーキ役がいない
この三つが同時に存在すると、
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共有された感情が固定化する
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誰もその流れを疑わなくなる
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集団全体が同じ方向に突き進む
という状態になります。
研究者はこれを、感情の自己強化ループと表現します。
グループフィール・シンドロームの特徴
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批判的思考が弱まる
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異論が減る
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決定が早くなるが、質は下がる
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後から見ると「なぜあんな判断を?」と思う
という特徴があります。
重要なのは、悪意のある人がいるわけではないという点です。
むしろ、多くのメンバーは「良かれと思って」同調しています。
この研究が示す視点
この研究は、
「集団の一体感は大切だ」
という考えを否定していません。
ただし、
一体感が強すぎるとき、
それは資源ではなく、負債になることがある。
という視点を提示しています。
結論を閉じないために
グループフィール・シンドロームは、まだ理論的に提案された概念です。
研究者自身も、「今後の検証が必要」と述べています。
それでも、この枠組みは私たちに一つの問いを投げかけます。
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私たちの属している集団では、
異論は「意見」として扱われているでしょうか。
それとも「空気を壊す行為」として扱われているでしょうか。
集団の感情は、力にもなり、罠にもなります。
その境界線は、思っているよりも静かで、気づきにくいのかもしれません。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/frsps.2026.1669672)

