「数学が苦手」は変えられるのか

この記事の読みどころ
  • 中国の大学生を対象に、授業の中に組み込む形で数学レジリエンス介入を実施し、効果を検証しました。
  • 介入群は「価値」「ストラグル」「レジリエンス」の4つの側面で得点が向上し、1カ月後もその効果が保たれました。
  • 競争的で試験中心の環境の中で、失敗の意味づけや振り返りを学ぶ習慣を作ることでレジリエンスが育つ可能性を示しています。

―― 中国の教室で行われた「レジリエンス介入」が示した静かな可能性

数学に向き合うとき、胸が重くなる。
問題用紙を開いた瞬間、頭が真っ白になる。
「どうせ自分には無理だ」という考えが、先に立ってしまう。

こうした感覚は、単なる「好き嫌い」や「努力不足」ではなく、心理的な要因と深く結びついていることが、これまで多くの研究で示されてきました。その中心にある概念のひとつが**数学レジリエンス(mathematical resilience)**です。

数学レジリエンスとは、
「数学の困難に直面しても、あきらめずに取り組み続ける力」
「失敗を学習の一部として受け止められる心の柔軟性」
を指します。

今回紹介する研究は、中国の大学生を対象に、文化的背景に合わせて設計された数学レジリエンス育成プログラムを実施し、その効果を検証したものです。


数学が得意な国で、なぜ不安が広がるのか

中国の学生は、国際学力調査(PISA)などで常に高い数学成績を示してきました。一方で、国内調査では、小学生から中学生にかけて強い数学不安を抱える子どもが多数存在することも報告されています。

高い競争性、厳しい試験制度、親や社会からの期待。
こうした環境の中で、

  • 正解し続けなければならない

  • 失敗は価値がない

という感覚が強化されやすくなります。

研究者たちは、この状況が数学レジリエンスの育ちにくさにつながっている可能性に注目しました。


研究の目的

この研究の目的は、次の二点です。

  • 中国の教育文化に合う形で設計した数学レジリエンス介入モジュールが有効かどうかを検証する

  • その効果が一時的ではなく持続するかを確かめる

重要なのは、この介入が「授業とは別枠の特別プログラム」ではなく、通常の数学(微積分)授業の中に組み込まれた形で行われた点です。


参加者と研究デザイン

  • 対象:18〜20歳の大学1年生 80名

  • 地域:中国東部の大学

  • デザイン:

    • 介入群(プログラムあり)

    • 統制群(通常授業のみ)

  • 測定時期:

    • 介入前

    • 介入後

    • 1か月後(保持テスト)

数学レジリエンスは、中国語版数学レジリエンス尺度を用いて評価されました。


介入プログラムの特徴

このモジュールは、Sidekのレジリエンス理論を土台に設計されています。

特徴的なのは、次のような考え方です。

  • 反復練習や演習そのものを否定しない

  • その「やり方」と「意味づけ」を変える

具体的には、

  • 問題に間違えたとき
    →「能力がない証拠」ではなく
    →「戦略を見直す材料」として扱う

  • 解き方を振り返り
    → どこで迷ったか
    → どの考え方が役立ったか
    を言語化する

  • 小グループでの話し合いを取り入れ、
    「一人で背負わない学習」をつくる

つまり、高負荷な学習環境そのものを、メタ認知(自分の考え方を見つめ直す力)を育てる場に変換することが狙いです。


測定された4つの側面

数学レジリエンスは、以下の4領域から構成されます。

  • 価値:数学は自分にとって意味があると感じられるか

  • ストラグル(苦闘):困難に直面したときの受け止め方

  • 成長:能力は伸ばせると考えているか

  • レジリエンス:粘り強さや立て直しの力


結果:介入群でレジリエンスが有意に向上

分析の結果、

  • 介入群は、統制群に比べて
    数学レジリエンス得点が有意に上昇

  • その向上は、1か月後の保持テストでも維持

特に、

  • 価値

  • ストラグル

  • レジリエンス

の側面で改善が確認されました。

効果量は「中程度」で、教育現場で実用的な意味をもつ水準と評価されています。


重要なポイント:効果は「急激に増え続ける」わけではない

時間の経過によってスコアがさらに大きく伸び続ける、というパターンは見られませんでした。

研究者たちはこれを、

「短期間で獲得されたレジリエンスは、維持されるが、自然に増え続けるわけではない

と解釈しています。

つまり、継続的な実践や補強が必要だという示唆です。


この研究が示す視点の転換

この研究の核心は、

教育文化を変えようとするのではなく、
文化の内部にレジリエンスを埋め込む

という発想です。

  • 競争的で

  • 試験中心で

  • 高負荷な環境

を前提としたまま、その中で

  • 失敗の意味づけ

  • 振り返りの習慣

  • 共同的な学び

を組み込む。

これにより、
「しんどいけれど続けられる」
という現実的なレジリエンスが育つ可能性が示されました。


限界と今後の課題

研究にはいくつかの制約があります。

  • 対象が中国東部の1大学に限られている

  • 自己報告尺度のみを使用

  • 長期(半年・1年)の追跡がない

今後は、

  • 年齢層の異なる学生

  • 他地域

  • 行動観察や教師評価

を含めた検証が求められます。


結論に代えて

数学レジリエンスは、生まれつき備わる資質ではなく、
教室の中で育てうる心理的スキルである。

そしてその育成は、
特別な教材やアプリを追加することではなく、
日々の授業の意味づけを変えることから始められる。

この研究は、その静かな可能性を示しています。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1745726

テキストのコピーはできません。