- ダーク・テトラッドの4つの性格特性とスピリチュアル・ウェルビーイングの関係を、大規模な調査で調べた。
- サディズムが最も心の充足を壊し、マキャベリアニズムやサイコパシーも同じように負の関係だった一方、ナルシシズムは条件によっては意味感や充足を高める可能性がある。
- 心の充足は動機のあり方(他者への配慮か自己利益か)で決まりやすく、因果関係は横断調査では断定できない。
残酷さは、なぜ心の充足を壊すのか
――スピリチュアル・ウェルビーイングと「ダークな性格特性」の研究
人が「満たされて生きている」と感じるとき、そこには成功や快楽だけでは説明できない感覚があります。自分の人生には意味がある、自分は世界の中で孤立していない、今の生き方はどこかで納得できる。心理学では、こうした感覚をまとめて**スピリチュアル・ウェルビーイング(精神的ウェルビーイング)**と呼びます。
一方で、人の性格には、利己的で冷淡、時に残酷に見える側面も存在します。近年の心理学では、そうした傾向をダーク・テトラッドと呼ばれる4つの性格特性として整理してきました。本記事で紹介する研究は、この「精神的な充足感」と「ダークな性格特性」が、どのような関係にあるのかを、大規模な調査データから丁寧に検討したものです。
ダーク・テトラッドとは何か
――4つの性格特性を整理する
この研究を理解するために、まずダーク・テトラッドと呼ばれる4つの性格特性について、簡単に確認しておきます。いずれも病名ではなく、誰の中にも程度の差として存在しうる性格傾向です。
マキャベリアニズム
マキャベリアニズムとは、「目的のためなら手段を選ばない」「人をうまく使って自分の利益を得ようとする」傾向を指します。この特性が高い人は、人の感情や行動を冷静に観察し、状況に応じて振る舞いを変えることが得意です。表面的には協調的でも、関係性の内側では計算や戦略が優先されやすく、人とのつながりが道具的になりがちです。
ナルシシズム
ナルシシズムは、単なる「自分好き」ではありません。自分は価値のある存在だ、特別だという感覚を強く持ち、評価や承認を求めやすい傾向を含みます。自信や主体性、前向きさといった適応的な側面がある一方で、批判に過敏になったり、自分の優位性を守るために他者を軽視したりする側面も併せ持っています。
サイコパシー
ここで扱われるサイコパシーは、犯罪者像ではなく、日常的な性格傾向です。不安や恐怖を感じにくく、衝動的で、他者の痛みに対する共感が乏しいことが特徴とされています。罪悪感や後悔を感じにくく、その場の刺激や利益を優先しやすい傾向があります。
サディズム
サディズムは、他者の苦痛や困惑、屈辱を見ることで快を感じやすい傾向です。必ずしも身体的な暴力に限らず、言葉で追い詰める、支配する、相手が傷つく様子を面白がるといった日常的な形でも現れます。他者の苦しみそのものが報酬になる点が、大きな特徴です。
スピリチュアル・ウェルビーイングとは何か
――宗教を超えた「意味とつながり」の感覚
本研究で扱われるスピリチュアル・ウェルビーイングは、特定の宗教的信仰に限定されたものではありません。研究では、
・神や超越的存在との関係性(宗教的ウェルビーイング)
・人生の意味や目的、満足感(実存的ウェルビーイング)
という2つの側面から測定されています。
つまり、「自分の人生には意味があると感じられるか」「世界や他者とつながっている感覚を持てるか」といった、内面的で主観的な充足感が中心に据えられています。
研究の方法
――ロシア語話者約1000人を対象に
研究には、ロシア語を母語とする959名の成人が参加しました。参加者は匿名で質問紙に回答し、スピリチュアル・ウェルビーイングと、4つのダーク・テトラッド特性がそれぞれ測定されています。調査はオンラインで行われ、性別や年齢、宗教的背景なども含めて分析されました。
結果
――最も強く心の充足を壊していたもの
分析の結果、全体として明確な傾向が示されました。
ダークな性格特性が強いほど、スピリチュアル・ウェルビーイングは低いという関係です。
中でも、最も強く、安定して負の影響を示していたのがサディズムでした。宗教的ウェルビーイング、実存的ウェルビーイング、そして全体的な精神的充足のすべてにおいて、サディズムは最も強い負の関連を示していました。
マキャベリアニズムやサイコパシーも同様に、人生の意味や精神的安定と一貫して相反する関係にありました。操作性、冷淡さ、衝動性といった傾向は、内面的な充足感を削ぎやすいことが示唆されます。
ナルシシズムだけは、少し違っていた
興味深いのは、ナルシシズムの結果です。単純な関連を見ると、ナルシシズムもスピリチュアル・ウェルビーイングと負に関係していました。しかし、他のダーク特性を同時に考慮した分析では、結果が逆転します。
サディズムやマキャベリアニズムといった、より「他者への害」に直結する要素を統計的に取り除くと、ナルシシズムはむしろ、
・人生の意味や目的感
・全体的なスピリチュアル・ウェルビーイング
を正に予測するようになったのです。
ダーク・コアという視点
――問題なのは「特性」よりも「動機」
研究者たちは、この結果をダーク・コアという概念で説明しています。ダーク・コアとは、自分の利益のためなら他者を傷つけることをいとわず、その行為を正当化する心の傾向です。
サディズムは、このダーク・コアを最も純粋な形で体現している特性とされます。他者の苦しみそのものが報酬になるため、共感やつながりを基盤とするスピリチュアル・ウェルビーイングと、根本的に両立しにくいのです。
一方で、ナルシシズムにはダーク・コアと、自信や主体性といった別の要素が混在しています。ダーク・コアと結びついた部分は精神的充足を損ないますが、それが切り離された場合、「自分の人生には意味がある」「自分は価値ある存在だ」という感覚は、むしろ精神的な安定を支える可能性があると示されました。
心の充足は、どこから壊れていくのか
この研究が示しているのは、スピリチュアル・ウェルビーイングが、単なる「性格の良し悪し」で決まるものではない、という点です。決定的なのは、その人の行動や判断の中心に、
・他者とのつながりや配慮があるのか
・それとも冷酷な自己利益の追求があるのか
という動機のあり方でした。
とくに、他者の苦しみを楽しむ傾向は、人生の意味や内的な充足感と深く衝突します。一方で、自己肯定感や主体性のような要素は、それが他者への害と結びつかない限り、精神的な健康と共存しうる可能性も示されています。
余白として残る問い
本研究は横断的調査であり、因果関係を断定するものではありません。それでも、「なぜ満たされないのか」「どこで心の充足が失われていくのか」という問いに対して、重要な視点を与えてくれます。
スピリチュアル・ウェルビーイングとは、信仰や価値観の問題というよりも、人がどのような動機で世界と関わっているかを映し出す鏡なのかもしれません。その鏡は、残酷さや操作よりも、意味やつながりを選ぶ心に、より静かに、しかし確かに反応しているようです。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1743599)

