失うことへの恐れが、人との距離を決めているのかもしれない

この記事の読みどころ
  • この論文は、損をしたくない気持ちと孤独が、同じ心の働き「損失回避」から来る可能性を示しています。
  • 孤独は単なる「一人だ」という状態ではなく、社会的な損失を怖れる感覚が強くなる状態と説明されます。
  • 支援は前向きに考えるだけでなく、失っても大丈夫と感じられる環境づくりが大切だと提案されています。

損を避けたい気持ちと、孤独のつらさは別物なのか

私たちは日々の生活の中で、「損をしたくない」「失敗したくない」と感じています。一方で、「誰ともつながれていない気がする」「ひとりぼっちだ」と感じて心が重くなることもあります。
ふつうは、これらを別々の問題として考えるでしょう。しかし今回の論文は、この二つの感覚が、実は同じ心の働きから生まれている可能性を示しています。

この研究はどこで行われたのか

この論文は、イタリアのベルガモ大学、パヴィア高等大学(IUSS)、そしてIstituti Clinici Scientifici Maugeri IRCCSに所属する研究者たちによってまとめられました。
新しい実験結果を報告する研究ではなく、心理学や神経科学の既存研究を整理し、人の心を理解するための新しい見方を提案する「展望論文」です。

人の心は「悪い情報」に強く引き寄せられる

研究者たちが出発点としているのは、人の心が持つ基本的な性質です。
それは、よい出来事よりも、悪い出来事のほうに強く反応するという傾向です。危険や損失を見逃さないことは、生き延びるために重要だったため、この性質は進化の中で形づくられてきました。

しかし現代社会では、この性質が必ずしも私たちを守る方向に働くとは限りません。むしろ、必要以上に慎重になったり、不安を強めたりする原因になることがあります。

「損失回避」という心のクセ

論文では、この性質を説明する重要な概念として「損失回避」が取り上げられています。
人は、同じ価値であっても、「得られる喜び」より「失う痛み」のほうを、より強く感じる傾向があります。

たとえば、少し得をする可能性があっても、少し損をする可能性があるだけで、その行動を避けてしまう。こうした判断は、感情や直感に強く左右されています。

孤独は「社会的な損失」への敏感さとして捉えられる

研究者たちは、この損失回避の考え方を、人間関係にも広げて考えます。
孤独とは、単に人が周りにいない状態ではありません。
「つながりを失うかもしれない」「社会から排除されるかもしれない」という感覚が強く意識されている状態だと説明されます。

つまり孤独は、「社会的な損失」に対する感受性が高まった状態だと捉えられているのです。

孤独なとき、人は何に注意を向けるのか

孤独感が強いと、人は自然とネガティブな情報に注意を向けやすくなります。
相手の表情のわずかな変化、返事の遅れ、言葉の選び方などが、「拒絶されたのではないか」というサインとして解釈されやすくなります。

この状態では、実際には問題がない場面でも、心が先回りして「失う可能性」を探し続けてしまいます。

孤独は「弱さ」ではなく「防衛反応」

論文で強調されているのは、孤独を性格の問題や考え方のクセとして扱っていない点です。
むしろ、孤独は「大切なものを失わないために、心が過敏になっている状態」として説明されています。

人とのつながりは、生存や安心感にとって非常に重要なものです。それが脅かされると感じたとき、心が強く反応するのは自然なことだと研究者たちは考えています。

支援の視点は「考え方を変える」だけでは足りない

もし、孤独と損失回避が同じ心の仕組みから生じているのであれば、単に「前向きに考えよう」と促すだけでは十分ではありません。
必要なのは、「失っても大丈夫」「拒絶されにくい」と感じられる環境や関係性を整えることです。

研究者たちは、こうした前提に立った支援や介入の重要性を示唆しています。

失うことへの恐れが、私たちの行動を形づくる

この論文は、孤独、感情、意思決定、人間関係を、ばらばらの問題としてではなく、ひと続きのものとして捉え直しています。
「損をしたくない」という気持ちの奥には、「失うことへの恐れ」があります。そしてその恐れは、人との関係の中でも、同じように私たちを動かしているのかもしれません。

孤独をどう理解するかという問いは、人がなぜ失うことをこれほど強く恐れるのか、という問いと深くつながっています。
論文は、そのことを静かに示しながら、答えを急がず、考え続ける余白を残しています。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1777535

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