破れたジーンズは、なぜ「意味」になるのか

この記事の読みどころ
  • 文化は要素の集まりではなく、部品同士の関係が作る系(構造)で成り立つ。
  • 人は新しい情報を自分の信念と整合するように解釈し、整合性を保つフィルターで文化を安定させる。
  • 文化の変化は緩やかではなく、長い安定の後に突然別の状態へ跳ぶことがある。

文化は「流行」ではなく「系」かもしれない

──ジーンズの穴から見える、私たちの考え方の正体

街で、ひざの部分が大きく破れたジーンズを見かけたとします。
最初は「転んだのかな」「困っているのかな」と思うかもしれません。
けれど、同じようなジーンズを履いた人が何人も続けば、見え方は変わります。
「これは意図されたデザインだ」「流行なのだ」と理解し直すでしょう。

場所が変われば、意味はさらに揺れます。
音楽フェスなら自然でも、格式ある場では違和感になるかもしれません。

このとき変わっているのは、ジーンズそのものではありません。
変わっているのは、そのジーンズがどんな文脈と結びついているかです。

この論文は、こうした日常的な違和感を出発点にして、
文化を「単発の流行」ではなく、相互に結びついた要素のまとまり=システムとして捉え直そうとします。


文化は、バラバラな要素の集まりではない

文化研究ではこれまで、
信念、慣習、道具、価値観などを「文化的特徴」として個別に扱うことが多くありました。

しかし著者が強調するのは、
それぞれの要素が、単体で意味をもつわけではないという点です。

ある考え方は、別の考え方と結びついてはじめて安定します。
ある行動は、特定の制度や道具と組み合わさることで自然に見えます。

文化とは、部品の集合ではなく、
部品どうしの関係がつくる構造なのです。

この構造がうまく噛み合っているとき、
文化は驚くほど安定します。
一方で、どこかにズレや緊張がたまると、
一気に崩れたり、別の形へ移行したりします。


なぜ文化は、なかなか変わらないのか

私たちはよく、「新しい考えが広まれば社会は変わる」と考えがちです。
けれど現実には、合理的に見えるアイデアが、なかなか受け入れられないことがあります。

論文が示すのは、
文化がシステムとして安定しているという見方です。

文化的な要素は、

・人の心の中の考え方
・人間関係や制度
・道具や技術、環境

といった複数の層に同時に埋め込まれています。

そのため、ひとつだけを変えようとしても、
他の部分がそれを押し戻します。

この「一度選ばれた道が、さらに強化されていく性質」を、
著者は「道筋依存」として整理します。


人は、整合しない情報に耐えにくい

では、文化はどのように個人の中に入り、
個人から社会へと広がっていくのでしょうか。

論文の中心にある考え方は、とてもシンプルです。

人は、新しい情報をそのまま受け取るのではなく、
すでに持っている信念のまとまりと整合するように解釈する

つまり、文化学習とは、
「正しい情報を集めること」ではなく、
自分の考え全体が破綻しないように調整する作業なのです。

ここで重要になるのが、「緊張」という概念です。

新しい情報が、今までの考え方と噛み合わないとき、
人は違和感や不快感を覚えます。
心理学でいう認知的不協和が、その代表例です。

人はこの不快さを減らすために、
必ずしも考えを修正するとは限りません。

・情報の価値を下げる
・発信者を信用しないことにする
・都合よく解釈し直す

こうした反応もすべて、
信念体系の整合を守る行動として理解できます。


信念は「フィルター」として働く

著者は、私たちの信念体系を「フィルター」として捉えます。

このフィルターは、
どんな情報を重要だと感じ、
どんな情報を無視するかを選別します。

フィルターに合う情報は、
すんなり取り込まれ、
信念体系をさらに強化します。

合わない情報は、
そもそも気づかれなかったり、
歪められて理解されたりします。

この仕組みがあるからこそ、
文化は急激には変わりません。
同時に、一定の条件がそろうと、
一気に転換が起きることもあります。


文化の変化は「滑らか」ではない

文化の変化を、
「少しずつ改良されていくもの」と想像する人は多いでしょう。

しかし、この論文が描く文化像は違います。

文化システムは、

・長く安定した状態を保ち
・内部に緊張をため込み
・ある瞬間に、別の安定状態へ跳ぶ

という振る舞いをします。

これは、自然科学や複雑系の議論で知られている動きとよく似ています。

文化もまた、
なだらかな進歩ではなく、
安定と断絶をくり返す存在なのです。


「間違った考え」が残る理由

この視点に立つと、
「なぜ非合理に見える信念が残り続けるのか」
という問いも、別の形で見えてきます。

それは、単に人が愚かだからではありません。
その信念が、他の多くの要素と整合しているからです。

信念は、孤立して存在しているわけではありません。
家族関係、職場、社会的役割、価値観、感情と絡み合っています。

ひとつを否定することは、
自分の世界全体を揺るがすことになる場合があります。

だから人は、
世界が崩れない選択をする。

論文は、その行動を
「非合理」と切り捨てるのではなく、
システムとして理解しようとします。


文化を「直す」前に、文化を「理解する」

この研究が示しているのは、
「どうすれば正しい文化に変えられるか」という処方箋ではありません。

むしろ、

・なぜ人は変わりにくいのか
・なぜ対立は深まりやすいのか
・なぜ善意の説得が失敗するのか

その理由を、静かに説明しています。

文化を単なる流行や情報の集合として見ると、
理解できない行動がたくさん残ります。

文化を「系」として見ることで、
私たち自身の頑固さや迷いも、
少し違った姿で見えてくるのかもしれません。

破れたジーンズが、
ただの布ではなくなるように。

私たちの考えもまた、
単独では存在せず、
常に何かと結びついて生きているのです。

(出典:arXiv DOI: 10.48550/arXiv.2601.00440

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