「今回は本気を出していなかったから」と言って救われる理由

この記事の読みどころ
  • 学業セルフハンディキャッピングは、失敗を避けるためにあらかじめ努力を抑えたり障害を作る行動のことです。
  • 評価への恐れと、熟達志向か遂行志向かの学習目標が関係し、特に「失敗回避」を重視する目標がこの行動を強く予測します。
  • 行動は感情を介して学習のエンゲージメントを低くしバーンアウトを高めるなど、学業状態に連鎖的な影響を与えます。

なぜ人は「やらなかったこと」に救われようとするのか

試験前になると、なぜか準備を後回しにしてしまう。
課題に本気で取り組むほど、「失敗したらどう思われるだろう」と考えてしまう。

こうした行動は、単なる怠けや性格の問題ではないかもしれません。
イランの大学生を対象に行われた最新の心理学研究は、「学業セルフハンディキャッピング」という行動が、評価への恐れ・目標の持ち方・感情の流れによって、体系的に生まれていることを示しました。


学業セルフハンディキャッピングとは何か

学業セルフハンディキャッピングとは、失敗したときに自分の能力が否定されないよう、あらかじめ努力を抑えたり障害を作ったりする行動を指します。

たとえば、
・十分に勉強できたのに、あえて直前まで手をつけない
・「今回は本気じゃなかった」と言える状況を作る
・課題を避け、理由を外側に用意しておく

これらは短期的には自尊心を守りますが、長期的には学業成績や学習への関わりを損なうことが知られています。


この研究が問いかけたこと

本研究を行ったのは、**シャヒード・ベヘシュティ大学(イラン)**を中心とする研究チームです。
322名の大学生を対象に、次の問いが検討されました。

  • 他者からの否定的評価への恐れは、セルフハンディキャッピングにどう関係するのか

  • 学習目標の種類は、この行動を促進するのか抑制するのか

  • セルフハンディキャッピングは、感情や学業上の幸福感にどんな影響を与えるのか

これらを一つの統合モデルとして検証した点が、この研究の大きな特徴です。


「評価される怖さ」が出発点になる

研究の中心に置かれたのは、「否定的評価への恐れ」です。
これは、「失敗したら能力が低いと思われるのではないか」という不安です。

分析の結果、この恐れは直接的に、そして間接的に、学業セルフハンディキャッピングと結びついていました。
ただし重要なのは、その影響が学習目標の持ち方を経由して強まる点です。


目標の種類が行動を分ける

研究では、学習目標が大きく二系統に整理されました。

  • 熟達志向の目標:理解を深めたい、成長したい

  • 遂行志向の目標:他者より良く見せたい、悪く見られたくない

結果は明確でした。
熟達志向の目標は、セルフハンディキャッピングと負の関係にありました。
一方、遂行志向、特に「失敗回避」を重視する目標は、セルフハンディキャッピングを強く予測しました。

評価への恐れが強いほど、「失敗しないこと」が目標になり、その結果として「やらなかった理由」を用意する行動が生まれていたのです。


感情が行動の結果を固定する

この研究が特に丁寧に扱ったのが、達成感情です。
達成感情とは、学習や試験に関連して生じる感情で、ここでは次のものが扱われました。

  • ポジティブ感情:希望、楽しさ

  • ネガティブ感情:恥、不安

構造方程式モデリングの結果、学業セルフハンディキャッピングは、
・ポジティブ感情を弱め
・ネガティブ感情を強める
という関係にありました。

つまり、「やらなかったから失敗した」という説明は、一時的に自尊心を守っても、感情面では消耗を蓄積させていたのです。


学業エンゲージメントと燃え尽きの分岐点

研究では、学業上のウェルビーイングを次の二側面で測定しました。

  • 学業エンゲージメント:エネルギー、没頭感

  • 学業バーンアウト:疲弊、シニシズム

結果は一貫していました。
セルフハンディキャッピングが強い学生ほど、エンゲージメントは低く、バーンアウトは高くなっていました。

この影響は、感情を介した間接効果としても確認され、
「行動 → 感情 → 学業状態」という連鎖が、統計的に支持されました。


この研究が示す静かなメッセージ

この研究は、「努力しない学生」を責めるものではありません。
むしろ、努力できない背景には、評価への恐れと感情の調整戦略があることを示しています。

学業セルフハンディキャッピングは、能力の問題ではなく、
「自分の価値をどう守ろうとしているか」という問いと深く結びついています。

評価されることが前提の学習環境において、
失敗=価値の低下と感じてしまうとき、人は「やらなかった理由」に救いを求めます。


結論を閉じないために

この研究が提供するのは、解決策の断定ではありません。
ただ、行動・目標・感情・ウェルビーイングが、一本の線でつながっていることを示しています。

もし「やらなかった自分」に心当たりがあるなら、
そこには怠けではなく、価値を守ろうとする合理的な理由があるのかもしれません。

問いは残ります。
評価と学びが、同時に成り立つ環境とは、どんなものなのでしょうか。

(出典:Discover Psychology DOI: 10.1007/s44202-025-00572-9

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