ゲームの中の子育ては、現実の出産願望を動かすのか?

この記事の読みどころ
  • ゲームに深く没入するとキャラクターを友人のように感じたり感情的な関わりが強まるが、没入そのものが出産願望を直接高めるわけではない。
  • 出産願望と関係があるのは感情的な側面(パラソーシャル感情)で、共感や愛着が強いほど出産願望が高まる傾向がある。
  • 現実の子育てのコストを避けられる仮想体験が感情的資源になる可能性があるが、因果関係はまだはっきりせず、横断研究で効果は弱い。

デジタル時代の“感情の回路”を探る研究

中国の安徽師範大学と南京大学の研究チームは、人生シミュレーションゲームにおけるキャラクターへの感情的な結びつきが、現実世界での「子どもを持ちたい気持ち」にどのように関わるのかを検討しました。論文は2026年2月に『Frontiers in Psychology』に掲載されています。

少子化は世界的な課題です。とくに中国では、18歳から35歳の若い世代のあいだで、子どもを持ちたいという意向が低い状態にとどまっていると報告されています。経済的不安や将来へのリスク意識、そしてオンライン文化の広がりが、こうした傾向を後押ししていると指摘されています。

その一方で、若い世代のあいだでは、人生や子育てを疑似体験できるシミュレーションゲームが人気を集めています。ゲームの中では、子どもを育て、教育し、人生の選択を重ねていきます。

では、その「疑似子育て体験」は、現実の出産願望と関係しているのでしょうか。


仮想世界の体験は、現実の選択につながるのか

研究チームは、中国で広く知られる人生シミュレーションゲーム「Chinese Parents」のプレイヤー612名(18〜35歳)を対象にアンケート調査を行いました。

研究の中心にある問いは、きわめてシンプルです。

ゲームへの深い没入は、現実で子どもを持ちたいという気持ちと関係するのか。

しかし、その背後には複雑な心理過程が想定されています。

研究では、次のような心理的な流れが仮定されました。

ゲームへの没入(Game Concentration)
→ キャラクターを友人のように感じる関係(Identification Friendship)
→ キャラクターへの感情的・認知的な関わり(Parasocial Relationships)
→ 現実の出産願望(Fertility Desire)

この「感情と関係の回路」が本当に存在するのかを、統計モデルを用いて検証しました。


「没入」から始まる心理の変化

まず重要なのは、ゲームへの没入です。

没入(Game Concentration)とは、ゲームに深く入り込み、時間を忘れ、自分自身をキャラクターと重ね合わせる状態を指します。いわば、「操作している」のではなく「その人物になっている」と感じる状態です。

研究結果は明確でした。

没入が強いほど、

・キャラクターを友人のように感じる傾向が高まる
・キャラクターに対する感情的な関わりが強まる
・キャラクターの気持ちや動機を考える認知的関与も高まる

つまり、深く入り込むほど、キャラクターとの心理的な距離は縮まります。

しかし、ここで興味深い結果が出ます。

没入そのものは、直接的に出産願望を高めるわけではありませんでした。


重要だったのは「感情」の経路

研究で特に注目されたのが、パラソーシャル関係(Parasocial Relationships)です。

これは、実際には双方向の関係ではないにもかかわらず、キャラクターに対して親密さや愛着を感じる一方向的な関係を指します。

この関係には2つの側面があります。

・パラソーシャル認知(キャラクターを理解しようとする思考)
・パラソーシャル感情(共感や愛着、心配といった感情)

分析の結果、次のことが明らかになりました。

出産願望と有意に関連していたのは、感情的な側面(パラソーシャル感情)のみでした。

キャラクターへの共感や愛着が強いほど、「子どもを持つことは楽しい」「子どもを愛し育てることに喜びを感じる」といった感情的な出産願望が高まる傾向が見られました。

一方で、キャラクターを理解するという認知的な側面は、出産願望と有意な関係を示しませんでした。

つまり、理性的な理解ではなく、感情的なつながりこそが鍵だったのです。


「感情的補償仮説」という視点

研究チームは、この結果をもとに「感情的補償仮説(Emotional Compensation Hypothesis)」を提案しています。

18〜35歳という世代は、経済的・社会的なプレッシャーの中で生きています。現実の子育ては高コストで不確実性も高いものです。

そのなかで、ゲームの中の子育ては、

・低リスク
・コントロール可能
・失敗してもやり直せる

という安全な空間で行われます。

そこで得られる愛着や達成感は、現実の不足感を補う「感情の資源」になる可能性があります。

重要なのは、この感情がすぐに現実の出産行動に結びつくとは限らないという点です。

研究は、あくまで「感情レベルの出産志向」との関連を示したにすぎません。経済計算や社会規範まで含めた実際の出産決定を説明するものではありません。

しかし、少なくとも、

仮想世界での感情体験が、現実世界の親になることへの感情的態度と結びついている可能性

は示されました。


「シミュレーション」は理性ではなく、感情を動かす

本研究で特に興味深いのは、「シミュレーション」という言葉の印象とのずれです。

シミュレーションというと、合理的な判断や情報理解を促すイメージがあります。しかし実際には、

人の態度を動かしていたのは、感情でした。

没入
→ 友情的な結びつき
→ 感情的な愛着
→ 出産へのポジティブな感情

この流れは、きわめて情動中心的です。

理性的な理解ではなく、「その子がかわいい」「守りたい」という感情が、出産への気持ちとつながっていたのです。


ただし、因果関係は確定していない

この研究は横断調査(ある時点でのアンケート)に基づいています。

そのため、

ゲームが出産願望を高めたのか
もともと出産願望が高い人がゲームに没入しやすいのか

は断定できません。

説明力も大きいとはいえず、効果は「弱いが統計的に有意」というレベルでした。

研究チーム自身も、縦断研究などによるさらなる検証が必要だと述べています。


デジタル時代の「親になる気持ち」

この研究は、少子化をゲームで解決できる、という話ではありません。

しかし、重要な示唆があります。

私たちの「親になる気持ち」は、

経済や制度だけでなく、
感情の経験によっても静かに形づくられている。

そしてその感情経験は、
もはや現実世界だけで生まれるものではない。

仮想空間での疑似子育て体験が、
私たちの内側にある「親になることへの感情」を揺らしている可能性があります。

デジタル時代において、
出産というきわめて現実的な選択でさえ、
感情の回路を通じて、仮想世界とつながっているのかもしれません。

その回路はまだ弱く、複雑で、解明の途中です。

けれども問いは残ります。

私たちは、どこで「親になる気持ち」を育てているのでしょうか。

現実の生活の中ででしょうか。
それとも、画面の向こう側ででしょうか。

答えは、まだ完全には見えていません。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1743080

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