- AME理論は、意識と感情を「注意によるエネルギー変調」の現れとして説明する。
- 意識は場所ではなく、外界と自分への注意の変化が起きる過程だという考え方で、注意の転換が感情を生む。
- 感情は自己更新の信号であり、身体感覚は感情体験の一部として現れる。
感情が生まれる瞬間を、別の角度から考える
この理論研究は、**イタリアを拠点とする研究組織「Mind-Consciousness-Language」**によって提案されたものです。
意識と感情を、「注意(アテンション)」という一つの軸から統一的に説明しようとする試みです。
私たちは毎日、うれしい、悲しい、不安、安心、怒り、期待といった感情を自然に体験しています。
あまりにも当たり前すぎて、「そもそも感情とは何なのか」「どこから生まれるのか」を深く考える機会は多くありません。
従来の心理学や神経科学では、感情は主に次のように説明されてきました。
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外部刺激に対する脳の反応
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身体の変化を知覚した結果
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状況を評価した認知的判断
今回の論文は、これらを否定するのではなく、もう一段深い視点を提示します。
感情とは、注意が「自分自身」へ向き直るときに生まれる体験である。
そして、意識そのものは、注意を支える仕組みのエネルギー状態の変調として理解できる。
この考え方は、意識と感情を別々のものとして扱うのではなく、同じ仕組みの異なる現れとして捉えます。
意識は「存在」ではなく「変化」
この論文がまず強調するのは、意識を「脳のどこかにあるもの」として考えない立場です。
意識は、箱のようにどこかに収まっているものではありません。
著者は、意識を次のように捉えます。
意識とは、脳内で起きている状態変化そのものの体験である。
たとえば、静かな部屋にいるときと、騒がしい場所にいるときでは、私たちの内側の感じは大きく異なります。
この違いは、単に情報量の差ではなく、脳の活動の仕方が変化していることを反映しています。
論文では、特に「注意を担う広域の神経システム」に注目します。
このシステムの活動の仕方が変調するとき、その変調が主観的な体験として現れる。
それが意識だ、という考えです。
注意とは何をしているのか
私たちは、同時にすべての情報を処理できません。
そこで必要になるのが注意です。
注意は、
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重要な情報を前面に出し
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重要でない情報を背景に下げる
という選別を行っています。
論文では、この働きを
エネルギー配分の調整
として説明します。
脳の中では、活動する回路ほど多くのエネルギーが使われます。
注意を向けた対象を処理する回路には、より多くのエネルギーが割り当てられます。
注意を外した対象の回路では、エネルギー配分が下がります。
つまり注意とは、
エネルギーをどこにどれくらい配るかを決める仕組み
なのです。
AME理論という考え方
この論文では、この枠組みを
AME理論(Attentional Modulation of Energy:注意によるエネルギー変調)
と呼びます。
AME理論の中心的な主張は次の通りです。
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注意が向くと、注意を担うシステムのエネルギー状態が変化する
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その変化の「感じ」が意識体験である
意識は、スクリーンに映る映像のようなものではありません。
変調し続ける流れそのものです。
感情はどこから生まれるのか
では、感情はどのように説明されるのでしょうか。
AME理論では、感情は特別な付加物ではありません。
感情もまた、注意によるエネルギー変調の一形態です。
ここで重要なのが、注意の向きです。
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外界の対象に向かう注意
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自分自身に向かう注意
この二つの向きの切り替えが、感情を生み出す鍵になります。
注意が「自分」に戻る瞬間
たとえば、道を歩いていて大きな音がしたとします。
最初の瞬間、注意は音という「対象」に向きます。
次の瞬間、
「危ないかもしれない」
「自分は大丈夫だろうか」
と、注意が自分自身へ向き直ります。
この注意の向きの転換によって生じる変調が、恐怖や驚きとして体験されます。
つまり感情とは、
対象について考えた結果というより、
自己の状態が変わったという感覚なのです。
感情は「自己境界」を更新する
論文では、感情の役割を次のように捉えます。
感情とは、
自己と環境の境界を更新するための信号
です。
恐怖は「距離を取れ」という更新。
喜びは「近づいてよい」という更新。
不安は「まだ判断を保留せよ」という更新。
感情は、私たちが環境の中でどう振る舞うかを調整する装置です。
なぜ身体感覚と結びつくのか
感情には、動悸、息苦しさ、胃の重さ、身体の緊張などが伴うことが多くあります。
AME理論では、これは自然な結果とされます。
注意が自分自身へ向くとき、最もアクセスしやすい情報源が身体内部の感覚だからです。
そのため、自己への注意の変調は、身体感覚の変化として意識されやすくなります。
身体感覚は感情の原因ではなく、感情体験の一部です。
意識と感情は同じ仕組みの違う顔
AME理論では、
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意識が先にあって
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その中で感情が起きる
という構造を取りません。
意識も感情も、どちらも
注意によるエネルギー変調のパターン
にすぎません。
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外界向きの変調 → 知覚的な意識
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自己向きの変調 → 感情的な意識
という整理になります。
この理論が示す視点
この論文が提示するのは、次のような見方です。
私たちは「感情を持つ存在」以前に、
変化し続ける注意の流れそのものである。
感情は排除すべきノイズでも、完全に従うべき命令でもありません。
それは、自己と環境の関係が変わったことを知らせるサインです。
結論を閉じないために
この理論は、意識と感情の最終的な答えを提示しているわけではありません。
あくまで一つの見取り図です。
しかし、
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意識を「場所」ではなく「変化」と見る
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感情を「評価」ではなく「自己更新」と見る
この視点は、私たちの自己理解を静かに変えてくれます。
感情は、注意が自分へ戻ってきたときに生まれる。
そう考えると、自分の内側で起きている揺れを、これまでとは少し違う距離感で見つめられるかもしれません。
その余白を残したまま、この理論は私たちに問いを投げかけています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1738304)

