- 感情と水の流れには、脳の中で安定した結びつきがあり、双方向に影響し合うことが分かった。
- 穏やかな水はポジティブな感情と、荒れた水はネガティブな感情と結びつき、処理が早くなる。
- 水のイメージは感情理解を変えることがあり、感情は日常の体験や感じ方と結びついている可能性がある。
私たちは日常の中で、感情を水にたとえる表現を自然に使っています。
「心が穏やか」「感情があふれる」「怒りがこみ上げる」「気持ちが荒れる」。
こうした言葉は、感情という目に見えない体験を、水の流れや動きに重ね合わせることで理解しやすくしています。
では、この結びつきは、単なる言葉の言い回しなのでしょうか。
それとも、私たちの頭の中では、本当に「感情」と「水の流れ」が結びついて処理されているのでしょうか。
この問いに対して、重慶師範大学 教育科学学院の研究チームは、心理学実験を用いて検証を行いました。
その結果、感情と水の流れには、脳内レベルでの安定した結びつきが存在することが示されました。
感情は「抽象的すぎる」から、たとえが必要になる
感情は、形も重さもありません。
そのため、人は感情を理解するとき、具体的な経験を手がかりにします。
たとえば、
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重たい
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軽い
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熱い
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冷たい
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上がる
-
下がる
といった身体感覚を使って、気分を説明します。
心理学・認知科学の分野では、こうした仕組みを概念メタファーと呼びます。
「抽象的なものを、具体的な経験を通して理解する仕組み」です。
水は、人類にとって極めて身近な自然現象です。
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ゆっくり流れる水
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波立つ水
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激しく渦巻く水
これらの違いは、視覚的にも身体感覚的にも分かりやすく、感情の強さや安定性と結びつきやすいと考えられています。
研究の目的
この研究の目的は、大きく二つです。
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感情と水の流れのあいだに、実際に心理的な結びつきが存在するのか
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その結びつきは、一方向なのか、それとも双方向なのか
簡単に言えば、
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穏やかな感情 → ゆっくりした水
-
ネガティブな感情 → 荒れた水
という対応関係が、脳の中で本当に働いているのかを調べました。
実験1:感情の言葉と水の映像を同時に見せる
方法
参加者には、
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ポジティブな感情の言葉
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ネガティブな感情の言葉
を、水の映像と同時に見せられます。
水の映像には二種類あります。
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ゆっくり流れる穏やかな水
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激しく流れる荒れた水
参加者は、水は無視して、言葉がポジティブかネガティブかをできるだけ速く判断します。
反応時間が測定されます。
何が分かるのか
もし感情と言葉が無関係なら、水の種類に関係なく反応時間は同じになるはずです。
しかし、もし頭の中で結びついているなら、
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ポジティブな言葉 × 穏やかな水
-
ネガティブな言葉 × 荒れた水
の組み合わせで、より速く反応できると予測されます。
結果
予測どおり、
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ポジティブな言葉は、ゆっくりした水の背景でより速く判断された
-
ネガティブな言葉は、荒れた水の背景でより速く判断された
つまり、感情と言葉は、水の流れと整合しているときに処理しやすいことが示されました。
実験2:感情の言葉が、水の理解を変えるか
方法
今度は順番を逆にします。
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まず、ポジティブまたはネガティブな感情の言葉を提示
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そのあとで、水の状態を表す言葉(穏やか/荒れた)を提示
参加者は、水の言葉の種類を判断します。
結果
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ポジティブな感情の言葉を先に見たあと → 穏やかな水の言葉に速く反応
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ネガティブな感情の言葉を先に見たあと → 荒れた水の言葉に速く反応
つまり、感情が先に活性化されると、それに合った水のイメージが処理しやすくなることが分かりました。
実験3:水の言葉が、感情の理解を変えるか
方法
実験2と完全に逆です。
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まず、水の状態を表す言葉
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次に、感情の言葉
参加者は感情の種類を判断します。
結果
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穏やかな水の言葉のあと → ポジティブな感情を速く判断
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荒れた水の言葉のあと → ネガティブな感情を速く判断
水のイメージが先に提示されるだけで、感情の処理が変化しました。
三つの実験が示したこと
これらの結果から、研究チームは次の二点を結論づけています。
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感情と水の流れには、安定した結びつきが存在する
-
その結びつきは双方向である
つまり、
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感情 → 水のイメージ
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水のイメージ → 感情
のどちらの方向にも影響が及びます。
なぜ「穏やか=ポジティブ」「荒れ=ネガティブ」なのか
研究者は、この対応関係について次のように考えています。
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穏やかな水
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秩序がある
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安定している
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制御可能
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荒れた水
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無秩序
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不安定
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制御しにくい
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これらの特徴が、
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穏やかな水 → 落ち着き・安心
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荒れた水 → 緊張・不安・怒り
という感情の性質と似ているため、脳内で対応づけられている可能性があります。
言葉だけの問題ではない
重要なのは、この結びつきが言葉の表現レベルだけでなく、認知処理の速度にまで影響している点です。
つまり、
「そういう言い回しがあるから」ではなく、
私たちの脳の仕組みとして結びついている可能性が高いのです。
感情理解の見方が少し変わる
この研究は、感情を次のように捉える視点を与えてくれます。
感情は、頭の中だけで完結するものではない。
身体感覚や自然環境との結びつきの中で形づくられている。
私たちは、無意識のうちに、
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見る
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感じる
-
動きを捉える
といった経験を使って、感情を理解しているのかもしれません。
日常への示唆
研究は臨床応用を直接検証したものではありませんが、理論的には次のような示唆があります。
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穏やかな水の映像やイメージは、落ち着きを促す可能性がある
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荒れた水のイメージは、強い感情の表出を助ける可能性がある
感情調整の場面で、「水のイメージ」を使うという発想は、今後さらに検討されていくかもしれません。
まとめ
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ポジティブな感情は、ゆっくり流れる水と結びつく
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ネガティブな感情は、荒れた水と結びつく
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この対応関係は、脳内で自動的かつ双方向に働いている
「ゆっくり流れる水は心を落ち着かせる」という感覚は、
単なる詩的表現ではなく、私たちの認知の仕組みに根ざしたものである可能性が、この研究によって示されました。
感情を理解する方法は、まだまだ一つではありません。
水の流れのように、静かに、しかし確かに、新しい視点が広がりつつあります。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1731526)

