- 親が算数を教える場面での不安は、親が算数が得意かどうかに関係なく生じることがある。
- 前向きな声かけを増やしても、子どもの算数成績が必ずしも良くなるとは限らず、場合によっては逆効果なこともある。
- 支援は「教え方」より「関わり方」で、親自身の不安に気づき、それを子どもの課題と重ねすぎないようにすることが大切だ、という研究の示唆。
算数のつまずきは、ノートの外側で起きているかもしれない
子どもの算数が思うように伸びないとき、家庭には独特の空気が生まれます。
「ちゃんと考えた?」
「前はできてたよね」
「大丈夫、がんばればできるよ」
これらの言葉は、決して悪意から発せられるものではありません。むしろ、多くの場合、子どもを思う気持ちや支えたいという願いから出てきます。
それでも、こうしたやり取りが積み重なる中で、子どもが算数そのものから距離を取りはじめることがあります。
今回紹介する研究は、この現象を「親の不安」という視点から丁寧に捉え直しています。
焦点となるのは、親自身の数学の得意・不得意ではなく、「子どもに算数を教える場面で立ち上がる、特有の不安」です。
親の「算数教育不安」は、数学嫌いとは別のもの
研究者たちはまず、親が感じる不安を一つのかたまりとして扱うのではなく、細かく分けて考えました。
その中核に据えられたのが、「親の算数教育不安」と呼ばれる概念です。
これは、親が子どもの算数に関わるときに生じる、状況依存の感情の集合体です。
たとえば、次のような感覚が含まれます。
・子どもの理解度や成績に対する心配
・将来、このままで大丈夫なのかという不安
・教えている最中に湧いてくる苛立ちや焦り
・「自分はうまく教えられていないのではないか」という無力感
重要なのは、これらが「親自身が数学が苦手だから」生じるとは限らない、という点です。
数学が得意な親であっても、子どもを前にすると、別種の不安が立ち上がることがあります。
調査で見えてきた、静かな相関関係
研究の第一段階では、小学生の親子を対象にした調査が行われました。
そこで明らかになったのは、親の算数教育不安が高いほど、子どもの算数学力が低い傾向にある、という関係です。
ここで注目すべきなのは、この関係が「親の学歴」や「家庭の経済状況」だけでは説明できなかった点です。
親がどれだけ勉強してきたかよりも、「いま、子どもの算数に向き合うとき、どんな感情を抱いているか」が影響していました。
さらに分析を進めると、親の不安は、子どもの算数に対する態度――
「算数は怖い」「間違えると怒られるかもしれない」といった感覚――と結びついていることも示されました。
「前向きな声かけ」は、本当に助けになるのか
研究者たちは次に、よくある期待を検証します。
それは、「親が前向きな声かけを増やせば、状況は改善するのではないか」という考えです。
実験では、親に対して「努力をほめる」「前向きな言葉を意識して使う」ことを促しました。
いわば、“ポジティブな示唆”を増やす介入です。
ところが結果は、直感的な期待とは異なっていました。
親の算数教育不安が高い家庭では、前向きな声かけを増やしても、子どもの算数成績はほとんど改善しなかったのです。
むしろ場合によっては、逆効果になる兆しさえ見られました。
なぜ「励まし」が効かないことがあるのか
研究者たちは、この結果を次のように解釈しています。
言葉がどれほど前向きでも、その背後にある親の不安や緊張は、子どもに伝わってしまう。
子どもは言葉そのものよりも、「この人は不安そうだ」「失敗を怖がっている」といった空気を敏感に感じ取ります。
その状態で投げかけられる「大丈夫」「がんばればできる」は、
励ましというより、「できなかったら問題だ」というメッセージとして受け取られることがあるのです。
つまり、問題は言葉の選び方ではなく、言葉が生まれる感情の土台にあります。
算数の支援は、「教え方」よりも「関わり方」から始まる
この研究が示しているのは、親がすべきことを単純に増やす話ではありません。
「もっとほめよう」「もっと前向きに声をかけよう」という努力論では、かえって親自身を追い詰めてしまいます。
むしろ重要なのは、
「自分はいま、不安になっているな」
「子どもの算数を、自分の責任として背負いすぎているかもしれない」
と、親自身が状態を言語化できることです。
不安が消えなくてもかまいません。
ただ、不安をそのまま子どもの課題に重ねないこと。
この研究は、そのことが学力以前に、学習体験を守る鍵になる可能性を示しています。
算数が苦手になる前に、守られるべきもの
算数の点数は、後から取り戻せることがあります。
けれど、「考えることが怖い」「間違えるのがつらい」という感覚は、長く残ります。
この研究は、算数の問題集の外側で起きている、見えにくい相互作用に光を当てています。
子どもが何につまずいているのかを考えるとき、
その横で、親はどんな気持ちで立っているのか。
その問いを、静かに投げかけてくる研究です。
(出典:Behavioral Sciences)

