- 上司がスマホを優先して部下の話を聞かないと、部下は自分が大切にされていないと感じ、上司への満足感が下がる。
- その不満が積み重なると、仕事全体への満足感も低くなる。
- 権力距離が低い人ほど影響を強く受けやすく、対等だと考える人はファビングをより深刻に感じやすい。
「目の前にいるのに、いない」感覚が職場で起きるとき
誰かと話している最中に、相手がスマートフォンに目を落とす。
こちらは話を続けているのに、視線は合わず、反応も途切れがちになる。
多くの人が経験したことのある、この小さな出来事が、職場で、しかも上司によって起きたとき、私たちの心には何が起こるのでしょうか。
今回取り上げる研究は、職場における「上司のスマホ無視行動」が、部下の心理や仕事への満足感にどのような影響を与えるのかを検討しています。
研究は、中国の大学研究チームによって行われ、上司と部下の関係性を中心に分析されました。
研究で扱われている行動は「ファビング」と呼ばれています。
これは、目の前に人がいるにもかかわらず、スマートフォンを優先してしまう行動を指します。
本研究では、これが上司によって行われる場合に焦点が当てられています。
なぜ、たったそれだけで傷つくのか
上司がスマートフォンを見る。
それ自体は、仕事の連絡かもしれませんし、緊急の用事かもしれません。
しかし、部下の側から見ると、その行動は別の意味を持ちます。
研究者たちは、この現象を「期待違反」という観点から説明しています。
職場での対面のやり取りには、「相手の話を聞く」「注意を向ける」という暗黙の期待があります。
特に上司という立場の人には、より強い期待が向けられます。
その期待が破られたとき、人は単に「失礼だ」と感じるだけではありません。
「自分は大切にされていないのではないか」「尊重されていないのではないか」という解釈が生まれやすくなります。
研究者たちは、上司のファビングを、部下にとっての「否定的な社会的シグナル」だと捉えています。
言葉で何も言われていなくても、態度だけで関係性の価値が下げられたように感じてしまうのです。
仕事満足を下げる“間接的な経路”
この研究の重要な点は、「上司のファビングが、いきなり仕事全体への満足度を下げるわけではない」と示しているところにあります。
研究結果によると、影響は次のような流れで起きていました。
まず、上司がスマートフォンを優先する行動が、部下の「上司に対する満足感」を低下させます。
「この上司は自分をきちんと見ていない」「話を大切にしていない」という評価が形成されます。
そして、その上司への不満足感が積み重なることで、仕事全体への満足感も低下していきます。
つまり、スマートフォンを見るという行動そのものよりも、「それによって関係性がどう変化したか」が、仕事満足に影響しているのです。
この点は、「職場のストレスは業務量や成果評価だけで決まるわけではない」ことを、改めて示しています。
すべての人が同じように感じるわけではない
ただし、この影響は、すべての部下に同じように現れるわけではありませんでした。
研究では、「権力距離」という価値観が重要な調整要因になることが示されています。
権力距離とは、上下関係や権威の差をどれだけ当然のものとして受け入れるか、という考え方です。
権力距離を高く受け入れる人は、「上司は特別な存在であり、多少不公平でも仕方がない」と感じやすい傾向があります。
このような価値観を持つ部下は、上司のファビングに対しても、比較的強い心理的ダメージを受けにくいことが示されました。
一方で、権力距離を低く捉える人、つまり「上司と部下も対等な人間関係であるべきだ」と考える人ほど、ファビングの影響を強く受けていました。
上司の行動を、より深刻な無視や軽視として受け取ってしまうのです。
問題はスマホではなく、関係の扱い方
この研究が示しているのは、「スマートフォンが悪い」という単純な話ではありません。
問題の中心にあるのは、「関係性がどう扱われていると感じられるか」です。
上司がスマートフォンを見るという行動は、意図せずして「あなたは今、優先されていない」というメッセージとして受け取られます。
それが繰り返されることで、上司への信頼や満足感が削られ、最終的に仕事そのものへの評価にも影響していきます。
このプロセスは、特別に厳しい言葉や露骨な叱責がなくても起こります。
むしろ、何気ない日常の振る舞いの積み重ねが、静かに影響を広げていく点に、この問題の見えにくさがあります。
「聞いている」という態度の重さ
職場のコミュニケーションでは、「何を言ったか」よりも、「どう向き合ったか」が評価される場面があります。
上司のファビングは、その象徴的な例だと言えるでしょう。
研究は、上司の注意や関心が、単なる礼儀ではなく、部下の心理的な安心感や仕事満足に深く関わっていることを示しています。
目の前の人に向き合うこと。
それは効率とは直接関係しないようでいて、職場の信頼や満足感を支える、静かな基盤なのかもしれません。
この研究は、職場の人間関係を考えるとき、「何を改善すべきか」を声高に叫ぶのではなく、「どんな振る舞いが、どんな意味を持って受け取られているのか」を見直すことの重要性を、そっと示しているように見えます。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1692595)

