ことばの意味は、体の内側から生まれている?

この記事の読みどころ
  • 抽象概念は内側の感覚で理解されやすく、具体概念は五感で理解されやすいという結果が見られた。
  • 自然物のような具体概念でも、内側の感覚と結びつく場面があり、判断が揺れやすいことがわかった。
  • 内受容の正確さが高い人ほど判断が速く、特に自然物の判断でその傾向が強かった。

体の内側は、ことばの意味にどこまで入り込んでいるのか

私たちはふだん、「机」や「洞窟」のような具体的なものと、「自由」や「運命」のような抽象的なことばを、同じように理解しているようでいて、実はまったく異なる手がかりを使って理解していると考えられています。これまでの認知科学では、視覚・聴覚・触覚といった「五感」を通じた経験が、ことばの意味を支える中心的な要素だとされてきました。

しかし近年、注目されるようになってきたのが、「体の内側の感覚」、つまり心拍や呼吸、内臓の動き、体温の変化などを感じ取る**インターオセプション(内受容)**です。この論文は、「私たちが概念を理解するとき、体の内側の感覚はどのように関わっているのか」という問いに、これまでにない方法で迫っています。

研究を行ったのは、ローマ・サピエンツァ大学を中心とする研究チームです。彼らは、抽象的な概念と具体的な概念を理解するときに、インターオセプションと、視覚や触覚などの**エクステロセプション(外受容)**が、どのように使い分けられているのかを調べました。


「内側で感じるか」「五感で感じるか」を選ばせる実験

この研究の特徴は、これまでにほとんど使われてこなかった課題を導入した点にあります。参加者には、単語がひとつずつ画面に提示され、その単語を「体の内側の感覚を通して経験するものか」「五感を通して経験するものか」を判断するよう求められました。

ここで重要なのは、単にボタンを押すのではなく、マウスを動かしながら選択するという点です。マウスの軌跡を分析することで、参加者が迷いながら判断しているのか、それとも即座に決めているのかといった、判断の過程そのものを捉えることができます。

用いられた単語は四つのカテゴリに分けられていました。

  • 抽象・感情的概念(例:幼少期)

  • 抽象・哲学的概念(例:運命)

  • 具体・人工物(例:店)

  • 具体・自然物(例:洞窟)

研究者たちは、一般的な理論にもとづき、抽象概念は「内側で感じるもの」と判断されやすく、具体概念は「五感で感じるもの」と判断されやすいだろうと予測していました。


抽象概念はやはり「内側」に結びついていた

結果は、この予測をおおむね支持するものでした。参加者の多くは、抽象概念を「インターオセプティブ」、具体概念を「エクステロセプティブ」に分類しました。

特に注目されたのは、抽象・感情的概念です。このカテゴリは、抽象・哲学的概念よりも速く、かつ一貫して「内側で感じるもの」と判断されていました。主観的評価でも、感情的な抽象概念は、内受容との結びつきが強いと評価されていました。

これは、感情というものが、心拍や呼吸、身体の緊張といった生理的変化と密接に関係していることを考えれば、直感的にも理解しやすい結果と言えます。


意外だったのは「自然物」の振る舞い

一方で、研究者たち自身も注目したのが、具体・自然物概念の結果です。洞窟や山といった自然物は、人工物よりも頻繁に「内側で感じるもの」として分類される場面がありました。

マウスの軌跡を分析すると、自然物を判断するときには、参加者の動きがより大きく揺れ、もう一方の選択肢に引き寄せられる傾向が見られました。これは、自然物の概念が、純粋に視覚や触覚だけでなく、身体内部の感覚とも何らかの形で結びついている可能性を示しています。

研究者たちは、これを「誤り」ではなく、概念理解の多様性を示すものとして解釈しています。概念は白か黒かで分類できるものではなく、複数の感覚次元が重なり合って構成されている、という見方です。


内受容を感じ取る力が高い人ほど、判断が速い

この研究では、参加者一人ひとりの**インターオセプティブ・アキュラシー(内受容の正確さ)**も測定されています。これは、心拍をどれだけ正確に感じ取れるかを調べる課題によって評価されました。

全体として、参加者の多くは内受容の正確さが高いとは言えない水準でしたが、それでも個人差ははっきりと存在していました。そして興味深いことに、内受容の正確さが高い人ほど、概念の分類が速くなる傾向が見られました。

特にその効果が顕著だったのが、具体・自然物概念です。内受容の正確さが高い参加者ほど、自然物を判断する際の反応時間が短くなっていました。

これは、内受容が「抽象概念のための感覚」であるという単純な図式では説明できない結果です。研究者たちは、内受容が、思っている以上に幅広い概念理解に関与している可能性を示唆しています。


概念は「五感」だけではできていない

この研究の重要な点は、概念が単に視覚や触覚といった外界の感覚だけで成り立っているのではないことを、行動データから示した点にあります。しかもそれは、参加者が意識的に「内側を感じよう」とした結果ではなく、判断の過程に暗黙のうちに現れていました。

研究者たちは、これを「概念の多次元性」と表現しています。ひとつの概念は、外受容的な情報、内受容的な情報、感情的な要素などが重なり合って構成されており、その重なり方は概念の種類によって異なります。


抽象概念を理解するために、体は沈黙していない

この論文は、抽象的な思考が「体から切り離された純粋な知的活動」ではないことを、改めて示しています。私たちが「運命」や「幼少期」といったことばを理解するとき、体は静かに脇に退いているのではなく、内側からその理解を支えている可能性があるのです。

同時に、洞窟や自然といった一見具体的な概念ですら、体の内側の感覚と無縁ではないかもしれない、という示唆も残されました。

概念とは、頭の中だけで完結するものではありません。体の外と内、そのあいだを行き来しながら、私たちの理解は形づくられている。そのことを、この研究は、静かに、しかし確かなデータとともに示しています。

(出典:Psychological Research DOI: 10.1007/s00426-025-02155-8

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