- VRの没入は「存在感」と「没入の深さ」を別に考え、身体を使うほど没入が深まる。
- 深い没入は身体感覚の鈍化や現実感の薄れ、自分が自分でない感じ、時間や空間の感覚の歪みを起こすことがあるが、幻覚や強い感情は大きく変わらない。
- 認知機能は大きく変わらず、没入が深いと注意の正確さが少し高まることがあり、時間感覚は記
バーチャルリアリティ・ゲームが「時間感覚」と「自己感覚」に与える影響
バーチャルリアリティ(VR)でゲームをしていると、現実世界が遠のき、時間の感覚が曖昧になることがあります。
「もう35分も経ったの?」と驚くような体験は、多くの人にとって身に覚えがあるでしょう。
では、その感覚は本当に「意識の変化」と呼べるものなのでしょうか。
そして、どの程度まで没入すると、人の意識や認知は変わるのでしょうか。
この問いに実験的に取り組んだのが、イタリア・トレント大学心理学・認知科学部と、ブルーノ・ケスラー財団による研究です。
VRゲームへの没入の深さを段階的に操作し、その後の意識状態や時間感覚、認知機能への影響を調べました。
「没入」と「存在感」は同じではない
この研究でまず重要なのは、「没入」と「存在感」を明確に分けて扱っている点です。
存在感とは、「その場に本当にいる」と感じる感覚のことです。
一方、没入は、注意や感情、身体感覚まで含めて、体験全体にどれだけ深く引き込まれているかを指します。
研究では、同じVRゲーム(Half-Life: Alyx)を、次の3条件で35分間プレイしてもらいました。
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パソコン画面+マウス操作(低没入)
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VRヘッドセット+コントローラー(中没入)
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VRヘッドセット+全身歩行型トレッドミル(高没入)
内容や時間は同じで、身体の関わり方だけを変える設計です。
結果として、VRを使うだけで「そこにいる感覚(存在感)」は大きく高まりました。
しかし、最も強い没入が生じたのは、全身で歩く高没入条件でした。
つまり、「そこにいる感じ」と「どれだけ深く入り込むか」は、必ずしも一致しないことが示されたのです。
没入が変えるのは「自己」と「時間」
次に調べられたのが、**変性意識状態(Altered States of Consciousness)**と呼ばれる主観的体験です。
これは、薬物や瞑想、強い集中状態などで報告される意識の変化を、質問紙で測定する方法です。
全体的な意識変化の強さ自体は、条件間で大きくは変わりませんでした。
しかし、細かく見ると、はっきりと変化する領域がありました。
没入が深いほど増えていたのは、次のような体験です。
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身体感覚が薄れる感じ
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現実感が少し遠のく感覚
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自分が「自分でない」ように感じる感覚
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時間や空間の感覚が歪む感じ
逆に、幻覚的なイメージや強い感情の高揚、不安感などは、ほとんど変化しませんでした。
これは重要な点です。
VRゲームは、意識全体を大きく揺さぶるわけではなく、自己感覚や時間感覚といった特定の側面だけを選択的に変えることが示されたからです。
時間は「早く感じる」のではなく「思い出しにくくなる」
「時間が早く過ぎた」と感じる体験は、よく語られます。
しかしこの研究では、少し違う結果が出ています。
プレイ後に「35分を何分だと思ったか」を尋ねると、最も没入した条件では、時間の見積もり誤差が大きくなっていました。
ただし、「時間が速く流れたと感じたか」という主観評価自体は、条件間で大きくは変わりませんでした。
つまり、没入は「時間が速く感じられる」よりも、
あとから正確に思い出すことを難しくする影響をもっていたのです。
研究者はこれを、記憶に基づく時間再構成の問題として解釈しています。
全身を使った没入体験では出来事が密になり、時間の手がかりが整理されにくくなる。
その結果、あとから振り返ると時間感覚が乱れる、というわけです。
認知機能は大きく変わらない
没入体験が思考力や柔軟性を高めるのでは、という期待もあります。
そこで研究では、注意制御や創造性を測る課題も行われました。
結果として、反応時間や創造性には大きな違いは見られませんでした。
ただし、最も没入した条件では、注意課題の正確さがやや高まる傾向がありました。
これは、思考が自由になるというより、
注意がより慎重に働く状態になっていた可能性を示しています。
VRは「穏やかな意識変容装置」なのか
この研究全体から見えてくるのは、次のような姿です。
VRゲームによる没入は、
意識を劇的に変えるものではない。
しかし、身体感覚・自己感覚・時間感覚といった、
「普段は当たり前すぎて意識しない部分」を、静かにずらす力をもっている。
研究者はこれを、脳の予測や注意配分が一時的に組み替えられる現象として説明しています。
現実の身体や環境に向いていた意識が、仮想環境へと再配線される。
その結果、自己の境界や時間の構造が少し緩むのです。
おわりに
没入とは、単なる「楽しさ」ではありません。
それは、私たちの意識がどのように現実を組み立てているかを、静かに浮かび上がらせる状態でもあります。
VRゲームは、意識を壊すわけでも、覚醒させるわけでもない。
ただ、いつもとは少し違う配置に、意識を並べ替える。
その微妙な変化こそが、
これからの「体験」と「意識研究」をつなぐ、重要な入り口なのかもしれません。
(出典:Preprints.org)

