ひらめきは、才能ではなかった

この記事の読みどころ
  • 創造性は頭の中の意味ネットワークと人との関わり方の両方で決まる。
  • ネットワークのまとまりが強いほど発想は狭く、弱いほど多くの概念に広がる。
  • 同じ人のアイデアに触れると発想が似てくる一方、別の人から刺激を受けると新しい発想が生まれやすい。

ひらめきは、どこから生まれるのか

「誰かのアイデアに触れた途端、急に考えが広がった」
そんな経験をしたことがある人は多いはずです。

一方で、同じ人たちと話し続けていると、いつの間にか発想が似通ってしまうこともあります。
刺激とマンネリ。その境目は、どこにあるのでしょうか。

この問いに対して、人の心の中の構造人と人のつながりを同時に扱う形で答えようとした研究があります。
アメリカのノースイースタン大学と、南フロリダ大学の研究チームによる、計算モデルを用いた理論研究です。

この研究が目指したのは、「創造性」を才能や性格のラベルとして扱うのではなく、認知の構造と社会的相互作用の結果として説明することでした。

創造性を「能力」として与えないという発想

これまでの集団創造性のモデルでは、
「この人は創造的」「この人はそうでもない」
といった能力差を、最初から数値として与えることが多くありました。

しかし、それでは「なぜその人が創造的なのか」は説明できません。

この研究では、創造性を外から与えないという選択が取られています。
代わりに注目したのが、人が頭の中で持っている意味記憶の構造です。

頭の中の意味ネットワーク

研究では、人の意味記憶を「概念のネットワーク」として表現します。

  • ノードは「概念」

  • エッジは「関連性」

という、ごくシンプルな構造です。

重要なのは、すべての人が**同じ語彙(同じ概念の集合)**を共有している点です。
「同じ言葉を聞いたとき、何を指しているかは共通している」という前提が置かれています。

その上で、人によって異なるのは、概念どうしの結びつき方だけです。

創造性を左右する「まとまり具合」

研究チームが着目したのは、意味ネットワークの「モジュラリティ(まとまり具合)」でした。

  • 強くまとまったネットワーク
    → 概念がいくつかの塊に分かれている

  • まとまりが弱いネットワーク
    → 塊をまたぐつながりが多い

直感的に言えば、
「同じ話題の中では思いつくけれど、話題を飛び越えにくい構造」と
「思考が別の領域に飛びやすい構造」の違いです。

研究では、このまとまり具合をひとつのパラメータで連続的に変えられるようにしています。

探索の仕方は、全員同じ

ここで重要なのは、
考え方のルール自体は、全員同じ
という点です。

誰もが同じように、ある概念から連想を広げていきます。
違いが生まれるのは、ネットワークの構造だけです。

その結果、次のことが確認されました。

  • ネットワークのまとまりが強いほど、思考の広がりは狭くなる

  • まとまりが弱いほど、より多くの概念にたどり着ける

創造性の差は、「頑張り」や「戦略」ではなく、到達できる道の構造から自然に生まれていました。

ひらめきは、人と出会うとどう変わるか

ここから研究は、社会的なやりとりに進みます。

二人の人が、同じテーマについて考えたとします。
その後、一方がもう一方の考えの「痕跡」に触れる。
すると、何が起きるでしょうか。

研究では、相手が通った概念どうしのつながりを、自分のネットワークに一部取り込む、という形で「刺激」を表現しています。

似ていない相手ほど、刺激は大きい

結果は、直感にかなり近いものでした。

  • 最初から考えがあまり重なっていない相手ほど
    → 新しく広がる発想が多い

  • すでに似た領域を考えていた相手ほど
    → 得られる刺激は小さい

これは、報酬や評価を入れなくても自然に生じます。
単に、新しい橋がどれだけ架かるかの問題だったのです。

しかし、刺激は副作用も生む

では、創造的な人のアイデアに、多くの人が触れたらどうなるでしょうか。

研究では、二人の受け手が

  • 同じ人から刺激を受ける場合

  • 別々の人から刺激を受ける場合

を比較しています。

結果は明確でした。

同じ人を参照すると、受け手どうしの発想が似てくる。

本人たちは直接やりとりしていなくても、
共通の「橋」を受け取ることで、探索の方向が揃ってしまうのです。

創造性は、個人でも社会でも完結しない

この研究が示しているのは、次のような視点です。

  • 創造性は、頭の中の構造から生まれる

  • しかし、その構造は他者との関係で変化する

  • 刺激は広がりを生むが、同時に収束も生む

どちらか一方だけを見ていては、この動きは見えてきません。

「誰と話すか」を考える意味

このモデルは、戦略や意図をほとんど入れていません。
それでも、刺激と冗長性の両方が自然に立ち上がります。

だからこそ、問いが浮かび上がります。

  • どれくらい多様な相手と関わるべきか

  • 同じ人のアイデアに頼りすぎていないか

  • 共有は、いつ広がりを生み、いつ似通いを生むのか

創造性を「才能」として見る視点から一歩離れると、
環境と構造をどう設計するかという問いが残ります。

ひらめきは、個人の中だけでも、社会の中だけでも完結しない。
そのあいだにある構造こそが、創造性の正体なのかもしれません。

(出典:arXiv DOI: 10.48550/arXiv.2602.03068

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