不安の原因は老化ではない。深い眠りの不足という可能性

この記事の読みどころ
  • 高齢になると深い眠りのスローウェーブが減り、それが翌朝の不安と関係している可能性が示された。
  • 脳の萎縮と不安の関係は、深い眠りが十分でないことを挟むと説明しやすいとされる。
  • 高齢期の不安を理解するには眠りの質を重視し、眠りの改善が不安を減らす手がかりになるかもしれない。

年を重ねると、不安が増えるのはなぜか

年齢を重ねるにつれて、理由もなく不安を感じやすくなったり、気持ちが落ち着かなくなったりする人は少なくありません。
生活環境が大きく変わったわけでもなく、特別な出来事があったわけでもないのに、胸のざわつきや心配が増えていく。こうした変化は、高齢期に比較的よく見られます。

これまで、このような不安は「加齢による脳の衰え」や「精神的な変化」として説明されることが多くありました。しかし、今回紹介する研究は、その理解を少し違う方向から見直す必要があることを示しています。鍵となるのは、脳そのものよりも、「眠りの質」でした。

深い眠りが担っている、感情を整える働き

私たちの睡眠は、いくつかの段階に分かれています。その中でも、ノンレム睡眠の深い段階で現れる「スローウェーブ」と呼ばれるゆっくりした脳活動は、脳を休ませるだけでなく、感情を安定させる役割を担っていると考えられてきました。

若い成人を対象としたこれまでの研究では、スローウェーブがしっかり出た夜のあとには、不安が軽減しやすいことが示されています。つまり、深い眠りは、日中に高ぶった感情を夜のあいだに整える時間でもあるのです。

しかし、高齢期になると、この深い眠りが自然と減っていくことが知られています。では、その変化は不安とどのようにつながっているのでしょうか。

高齢者を対象にした睡眠と不安の詳細な調査

この研究では、65歳以上で認知機能が保たれている高齢者を対象に、睡眠と不安の関係が詳しく調べられました。
参加者は睡眠実験室で一晩眠り、その間の脳波が記録されました。就寝前と翌朝には、その時点での不安の強さを測る心理検査も行われています。

さらに、翌朝には脳のMRI検査が行われ、感情の調整に関わる脳の領域にどの程度の萎縮があるかも評価されました。
このように、睡眠中の脳活動、不安の変化、脳の構造という三つの側面が同時に分析されています。

なお、この研究は、アメリカのカリフォルニア大学バークレー校を拠点とする研究組織によって行われたもので、睡眠と脳、感情の関係を長年追ってきたデータにもとづいています。

深い眠りが少ない夜ほど、翌日の不安は強い

分析の結果、明確な関係が見えてきました。
睡眠中にスローウェーブが少なかった人ほど、翌朝の不安が強くなっていたのです。

これは単に睡眠時間が短かったからではありません。
夜中に目が覚めた回数や、レム睡眠の量などを考慮しても、「深い眠りの中でスローウェーブがどれだけ現れていたか」が、不安の変化と強く結びついていました。

つまり、高齢期の不安は、「どれくらい眠ったか」よりも、「どれだけ深く眠れたか」と密接に関係している可能性が示されたのです。

脳の萎縮は、不安を直接高めているのか

研究ではさらに、脳の構造との関係も調べられました。
感情のコントロールに関わるいくつかの脳領域では、年齢とともに萎縮が進んでいる人ほど、翌日の不安が強くなる傾向が見られました。

一見すると、「脳が萎縮するから不安が増える」と考えたくなります。しかし、ここで研究者たちは、もう一段深く分析を進めました。

不安を高めていたのは、「脳」ではなく「眠り」

統計的な分析によって明らかになったのは、意外な構造でした。
脳の萎縮と不安の関係は、その間に「深い眠りの弱まり」を挟むことで、ほぼすべて説明できたのです。

つまり、

・感情に関わる脳の萎縮が進む
・深い眠りであるスローウェーブが十分に出なくなる
・夜のあいだに感情が整えられない
・翌日の不安が高まる

という流れが成り立つ可能性が示されました。

脳の萎縮そのものが直接不安を生み出しているのではなく、萎縮によって「深く眠る力」が弱まり、その結果として不安が残ってしまう、という構図です。

数年後を追ったデータでも見られた同じ傾向

一部の参加者については、数年後に再び同じ検査が行われています。
その追跡データでも、年齢とともにスローウェーブが減少し、それに伴って不安が強まる傾向が確認されました。

これは一時的な関連ではなく、高齢期の中で実際に進行していく変化として、睡眠と不安が結びついている可能性を示しています。

高齢期の不安を、どう捉え直すか

この研究が示しているのは、高齢期の不安を「気持ちの問題」や「避けられない老化現象」として片づけるべきではない、という視点です。

不安が強まる背景には、夜のあいだに感情を整える役割を担ってきた深い眠りが、少しずつ弱まっているという構造的な変化があるかもしれません。

深い眠りは、単に体を休める時間ではなく、心を静かに立て直す時間でもあります。その働きが十分に果たされなくなれば、不安が残るのは自然なこととも言えます。

この研究は、高齢期の不安を脳や性格の問題として断定するのではなく、「眠り」という、まだ理解と工夫の余地がある側面から捉え直すための手がかりを示しています。

(出典:communications psychology DOI: 10.1038/s44271-026-00401-2

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