- AIだらけのSNS「Social.AI」では、相手がAIだとわかっていても「見られている感じ」や反応を通じた社会的感覚が生まれることが分かった。
- 使う人は気楽さや安心感を感じる一方、時間が経つと会話が浅く空虚に感じるとも報告されている。
- AIを完全な代わりにはできず、補助的な居場所として活用する設計が望ましいとの示唆が出た。
周りがすべてAIになったとき、人は本当に「さみしさ」を感じなくなるのか
スマートフォンを開くと、たくさんのフォロワーがいて、投稿すればすぐに反応が返ってくる。
しかも、その全員が人間ではなくAIだったとしたら。
それでも私たちは、
「誰かとつながっている」と感じるのでしょうか。
それとも、どこかで空虚さを覚えるのでしょうか。
この問いに真正面から取り組んだ研究が、中国のフダン大学と、アメリカのシカゴ大学の研究チームによって行われました。研究者たちは、AIだけで構成されたソーシャルメディア環境を実際に分析し、人がどのような感情や体験を報告するのかを詳しく調べています。
この研究が扱っているのは、「AIと会話する」場面ではありません。
「AIに囲まれて生きる」感覚です。
人はAIを「相手」として扱ってしまう
心理学の分野では、昔から知られている現象があります。
人は、相手がコンピュータだと分かっていても、無意識のうちに社会的な存在として接してしまう、というものです。
たとえば、
・丁寧な言葉遣いをする
・褒められるとうれしくなる
・無視されると嫌な気持ちになる
こうした反応は、相手が人間でなくても起こります。
研究者たちは、この性質が、AIだけのSNS空間でも同じように働くのかを確かめたいと考えました。
調査の対象になった「AIだらけのSNS」
研究チームが注目したのは、「Social.AI」と呼ばれるソーシャルプラットフォームです。
このサービスでは、ユーザーのフォロワーや反応のほとんどがAIです。
投稿すると、多数のAIアカウントがコメントやリアクションを返します。
特徴的なのは、
・人間のユーザーは少ない
・周囲の反応はほぼAI
・常に誰かが見ているような状態になる
という点です。
つまり、「一対一のAIチャット」ではなく、
「AIの群衆に囲まれる体験」が生まれる設計になっています。
研究の進め方
この研究では、二つの方法が用いられました。
公開コメントの分析
まず、Social.AIに関するネット上のコメントを大量に集めました。
SNS、掲示板、動画サイト、アプリストアのレビューなど、複数の場所から集められています。
重複や意味のない投稿を除いたうえで、最終的に約900件弱のコメントが分析対象になりました。
研究者たちは、コメントを一つひとつ読み取りながら、
・どんな印象を持っているのか
・なぜ使おうと思ったのか
・どんな良さを感じたのか
・どんな不満があるのか
・どんな不安を抱いたのか
といった観点で分類していきました。
7日間の体験日記
次に、Social.AIを使ったことのない参加者20人に、7日間連続で使ってもらい、毎日体験を記録してもらいました。
研究者たちは、
・最初の印象
・数日後の変化
・飽きるのか、続けたくなるのか
といった時間的な変化に注目しました。
多かったのは「気楽で安心」という声
コメント分析と日記調査の両方で目立ったのは、
「気楽さ」や「安心感」を挙げる声でした。
たとえば、
・否定されない
・批判されない
・気を使わなくていい
・沈黙が怖くない
といった点が評価されていました。
人間同士のSNSでは、
「変なことを書いたらどう思われるだろう」
「既読無視されたらどうしよう」
といった不安がつきまといます。
しかし、相手がAIだと分かっていると、そうした緊張が大きく下がります。
研究参加者の中には、
「失敗しても大丈夫な練習場のように感じた」
と表現する人もいました。
「誰かに見られている感覚」はちゃんと生まれる
興味深いのは、多くの人が、
「相手がAIだと分かっていても、見られている感じがする」
と報告していたことです。
コメントが返ってくる。
リアクションがつく。
フォロワーが増える。
この仕組みだけで、人はある程度の「社会的な手応え」を感じてしまいます。
研究者たちは、
人間の脳は「相手が誰か」よりも、「反応があるかどうか」に強く影響される可能性があると示唆しています。
それでも消えない「空っぽ感」
一方で、時間がたつにつれて、別の感想も増えていきました。
・会話が浅い
・どこか同じパターンに感じる
・本当の理解がある気がしない
参加者の中には、
「最初は楽しいけれど、だんだん空虚になる」
と書いた人もいます。
AIは共感的な言葉を返してくれます。
しかし、その背後に「本当に感じている誰か」がいないと意識した瞬間、体験が薄く感じられることがあるようです。
さみしさは「ゼロ」にはならない
この研究が示しているのは、
AIの群衆は、
さみしさを完全に消す存在にはならない、
ということです。
ただし、
・一時的な気晴らし
・孤独感の緩和
・感情のはけ口
としては、一定の役割を果たす可能性があります。
研究者たちは、AIだけのSNSを「人間関係の代替」として使うのではなく、
「補助的な居場所」として位置づける必要があると考えています。
設計次第で体験は大きく変わる
論文では、今後の設計に向けた示唆も述べられています。
たとえば、
・AIであることを隠さない
・万能な存在として見せない
・利用時間が過度に伸びない仕組みを入れる
といった配慮です。
「人の代わりになるAI」ではなく、
「人と人をつなぐ前段階の場」として設計することが重要だと示されています。
AIに囲まれる時代に、私たちは何を求めるのか
この研究は、
「AIがいれば孤独は解決する」という単純な物語に、静かにブレーキをかけています。
同時に、こうも問いかけているように感じられます。
人が本当に欲しいのは、
言葉そのものなのか。
それとも、
誰かがそこにいるという実感なのか。
AIがどれだけ進化しても、
この問いは簡単には消えないのかもしれません。
そしてその問いに向き合い続けること自体が、
AI時代の「人間らしさ」なのかもしれません。
(出典:arXiv DOI: 10.48550/arXiv.2601.18275)

