話したくなる気持ちは、どこから生まれるのか

この記事の読みどころ
  • 生成AIを使う英語練習では、話したい気持ちが能力よりも大事だとされている。
  • 自己効力感が高いほどAIと話したい気持ちが強く、学習グリットもそれを支えるとされる。
  • AIは安全な練習相手として不安を抑え、何度も繰り返して練習できる環境を作ると説明されている。

英語を学んでいる多くの人が、「読む」「書く」はある程度できても、「話す」となると急に口が重くなる、という経験を持っています。頭の中では言いたいことがあるのに、声に出そうとすると不安になり、間違いを恐れ、結局黙ってしまう。このような状態は、努力不足や根性の問題として片づけられがちですが、近年の心理学研究では、そうした見方は大きく見直されています。

いま注目されているのが、「コミュニケーション意欲(ウィリングネス・トゥ・コミュニケート)」という考え方です。これは、「ある相手と、ある場面で、言語を使ってやり取りしようとする心の準備状態」を指します。英語をどれだけ知っているかよりも、「使おうとする気持ち」が、実際に口を開くかどうかを左右する、という発想です。

このテーマについて、韓国の国民大学校教育大学院を中心とする研究グループは、「生成AIを相手にした英語スピーキング練習では、どのような心理要因がコミュニケーション意欲を支えているのか」を詳しく調べました。人と人との会話ではなく、AIとの対話という新しい状況において、学習者の心の中で何が起きているのかを明らかにしようとした研究です。


人と話すときの理論は、AI相手でも通用するのか

これまでの研究では、英語で話そうとする気持ちに影響する要因として、次のようなものが繰り返し指摘されてきました。

・自分は話せるという感覚(スピーキング自己効力感) ・話すことが楽しいと感じる気持ち(スピーキングエンジョイメント) ・話すときの緊張や怖さ(スピーキング不安) ・長期的に努力し続ける力(学習グリット)

しかし、生成AIは人間とは大きく異なります。相手を評価しない、怒らない、何度でも付き合ってくれる、疲れない。こうした存在を相手にするときでも、同じ心理モデルが成り立つのかは、これまで十分に検討されていませんでした。

研究者たちは、生成AIを「単なる道具」ではなく、「新しいタイプの会話相手」と捉え、心理構造そのものがどう変わるのかを検証しました。


研究の土台となった考え方

この研究では、「自己決定理論」という動機づけの理論が土台になっています。この理論では、人が前向きに行動するとき、次の三つの基本的欲求が満たされていることが重要だと考えられています。

・有能感:自分はできるという感覚 ・自律性:自分で選んで行っているという感覚 ・関係性:安心できるつながりがあるという感覚

研究者たちは、生成AIとの英語練習において、

・有能感 → スピーキング自己効力感 ・自律性 → 学習グリット ・関係性 → 低い不安と高い楽しさ

として対応づけました。

AIは人間のような親密な関係を作るわけではありませんが、「評価されない安全な相手」として、心理的な安心感を与える存在だと考えられたのです。


どのような人を、どのように調べたのか

研究には、中国の大学に通う学部生350人が参加しました。全員が、英語スピーキング練習に生成AIを使った経験を持っていました。

参加者は、

・学習グリット ・スピーキング自己効力感 ・スピーキングエンジョイメント ・スピーキング不安 ・生成AIとのコミュニケーション意欲

について質問紙に回答しました。研究者たちは、これらの要因同士の関係を、統計モデルを用いて詳しく分析しました。


まず確認された基本的な関係

分析の結果、次のような傾向がはっきりと示されました。

・自己効力感が高いほど、AIと話したい気持ちが強い ・学習グリットが高いほど、AIと話したい気持ちが強い ・楽しさが高いほど、話したい気持ちが強い ・不安が高いほど、話したい気持ちは弱くなる

とくに強い影響力を持っていたのは、「スピーキング自己効力感」でした。


自己効力感が中心にある構造

さらに詳しく分析すると、次のような流れが浮かび上がりました。

学習グリット → スピーキング自己効力感 → 楽しさが増える/不安が減る → コミュニケーション意欲が高まる

つまり、努力を続ける力がある人ほど、「自分は話せる」という感覚を育てやすく、その結果として感情面が安定し、AIと話そうという気持ちにつながっていく構造です。

自己効力感は、ほかの要因をつなぐ「ハブ」のような役割を果たしていました。


感情は無視できないが、主役ではない

楽しさや不安も、確かにコミュニケーション意欲に影響します。ただし、その影響の大きさは、自己効力感や学習グリットより小さいことが分かりました。

研究者たちは、これは生成AIという相手の特性と関係している可能性があると考えています。人と話す場合は、「どう思われるか」という社会的評価への恐れが大きな壁になります。しかしAIは評価しない存在です。そのため、感情よりも「自分はできるかどうか」という感覚のほうが、より重要になるのかもしれません。


生成AIがつくる「安全な練習空間」

この研究は、生成AIが、

・間違えても恥をかかない ・何度でもやり直せる ・自分のペースで続けられる

という特徴を持つ、「心理的に安全な練習相手」になり得ることを示しています。

こうした環境が、自己効力感とグリットを育てる土台になっている可能性があります。


教育への示唆

研究者たちは、次のような実践を提案しています。

・いきなり難しい会話をさせない ・短く簡単な会話から始める ・成功体験を積み重ねる ・継続的に使う仕組みを作る

ポイントは、「楽しませること」以上に、「できた感覚を積み重ねること」です。


研究の限界と今後の課題

この研究は一時点の調査であり、因果関係を断定するものではありません。また、中国の大学生に限られたデータである点にも注意が必要です。今後は、長期的な追跡研究や、音声対話とテキスト対話の違いなども検討される必要があります。


おわりに

話せない理由は、能力が足りないからではありません。

「話せると思えない心」が、静かにブレーキをかけているだけかもしれません。

生成AIは、そのブレーキを少しずつ緩めるための、新しい足場になりつつあります。

話したくなる気持ちは、才能から生まれるのではありません。

小さな成功体験と、それを支える環境から、静かに育っていくものなのです。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1754495

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