- 想像上の友だちは大人にもいて、現在の心の状態とつながりがあることが分かった。
- 顔パレイドリアの成績は現在ももつ人のほうが高く、国ごとの判断の仕方の違いも影響する。
- 想像力は固定ではなく、環境やストレスなどで変化する力の一部ととらえられる可能性が示された。
想像上の友だちをもつオトナは、世界を少し違うふうに見ているのかもしれない
私たちはときどき、雲の形が動物に見えたり、建物の窓や模様が顔のように見えたりします。
それは錯覚でありながら、どこか自然で、少し楽しい体験でもあります。
一方で、子どもの頃に「想像上の友だち(イマジナリー・コンパニオン)」と遊んでいた人や、今も心の中に対話する存在をもつ人がいます。
それは空想なのでしょうか。それとも、心の働きの一つの表れなのでしょうか。
イギリスのリーズ大学、ダラム大学、ノーサンブリア大学の心理学研究チームは、イギリスと中国の成人を対象に、
「想像上の友だちをもつ経験」と「顔パレイドリア(顔のように見える錯覚)」の関係を調べました。
この研究は、想像力と知覚のあいだにある、目に見えないつながりを静かに描き出しています。
想像上の友だちは、子どもだけのものではない
研究チームはまず、「想像上の友だち」を次のように定義しました。
・実在しないが、名前や人格を与えられ、
・少なくとも数か月にわたり一緒に遊ばれた存在
・完全に見えない存在の場合もあれば、ぬいぐるみや人形などの物に人格を与えた場合も含む
この定義にもとづき、イギリスと中国の成人291人に質問調査を行いました。
その結果、次のようなことが分かりました。
・人生のどこかで想像上の友だちをもったことがある人は約49%
・現在も想像上の友だちをもっている人は約11%
つまり、想像上の友だちは「子どもの遊び」で終わるとは限らず、
オトナになっても続く人が一定数いるということです。
子どもの頃の想像上の友だちは、国によって違いがあった
国別に見ると、子どもの頃に想像上の友だちをもっていたと報告した割合は、
イギリスの参加者のほうが中国の参加者よりも高くなっていました。
さらに内容を見ると、
・イギリスでは「見えない想像上の友だち」が多い
・中国では「ぬいぐるみや人形などに人格を与えたタイプ」が多い
という違いも見られました。
ただし、「現在も想像上の友だちをもっているかどうか」については、
イギリスと中国のあいだに有意な差はありませんでした。
この結果は、
想像上の友だちという現象が文化を超えて存在しつつも、
その「形」や「現れ方」は文化的背景の影響を受ける可能性を示しています。
顔パレイドリアとは何か
顔パレイドリアとは、
雲、壁の模様、家具、食べ物などの中に、顔のような形を見出してしまう現象です。
研究では、次のような課題が使われました。
・36枚の画像が次々に提示される
・そのうち24枚には、顔のように見える配置が含まれている
・残り12枚には顔のような要素は含まれていない
・参加者は「顔がある」「顔がない」を素早く判断する
この課題では、
・正しく顔があると答えた回数(ヒット)
・本当は顔がないのに「ある」と答えた回数(フォールスアラーム)
が記録されます。
ヒットが多い人ほど、
曖昧な情報の中から意味のあるパターンを見つけやすい、
いわば「トップダウン処理(予測にもとづく知覚)」が強いと考えられます。
想像上の友だちを「今」もつ人は、顔を見つけやすかった
分析の結果、興味深い違いが見つかりました。
・子どもの頃に想像上の友だちをもっていたかどうか
→ 顔パレイドリアの成績と関係なし
・現在、想像上の友だちをもっているかどうか
→ もっている人のほうがヒット数が多い
つまり、
**「過去の経験」よりも「現在の状態」**が、
顔パレイドリアの感じやすさと関係していました。
これは、想像上の友だちをもつことが、
固定された性格特性というよりも、
その時点の心の状態や認知の傾向と結びついている可能性を示しています。
文化差は「見える数」ではなく「迷い方」に出た
イギリスと中国の参加者を比べると、
・ヒット数(顔を正しく見つけた数)には差がない
・フォールスアラーム(誤って顔があると答えた数)は、中国の参加者のほうが多い
という結果になりました。
研究者たちは、この違いを、
・顔そのものの知覚能力の差
ではなく、
・判断の基準の置き方
・慎重さや自信の持ち方
・一般的な反応傾向
といった要因の可能性として慎重に解釈しています。
つまり、
「見える世界が違う」というより、
「どう答えるかのスタイルが少し違う」
という程度の差かもしれません。
想像上の友だちと「幻覚のような体験」の共通点
過去の研究では、
・想像上の友だちをもつ人は
・曖昧な音の中から言葉を聞き取りやすい
・幻覚に似た体験を報告しやすい
といった傾向が報告されてきました。
今回の研究で、
「視覚」においても同様の傾向が示されたことになります。
これは、
想像上の友だちが「異常」だからではなく、
心の中でイメージを豊かに生成し、
外界の情報と結びつける力が強い
という特性の一側面である可能性を示唆しています。
想像力は、固定された才能ではなく変化する状態かもしれない
重要なのは、
子どもの頃に想像上の友だちをもっていたかどうかではなく、
今も対話的な想像世界をもっているかどうか
が、知覚の傾向と関係していた点です。
このことは、
想像力やイメージの使い方が、
人生を通じて変化し続ける可能性を示しています。
想像力は「ある・ない」というものではなく、
その時々の生活環境、ストレス、創造活動、孤独感、安心感などと結びつきながら、
揺れ動くものなのかもしれません。
研究の限界と今後の課題
研究者たちは、いくつかの制約も挙げています。
・現在も想像上の友だちをもつ人の人数が少ない
・子どもの頃の経験は記憶にもとづくため誤差がありうる
・精神的・神経学的状態の詳細な評価は行っていない
そのため、
因果関係を断定することはできません。
今後は、
・子どもを対象にした縦断研究
・想像上の友だちの「視覚型」「聴覚型」などの違いの検討
・脳や感覚処理とのより直接的な測定
が求められるとしています。
見えないものを見る力は、人間らしさの一部
この研究は、
想像上の友だちをもつことを、
空想癖や現実逃避としてではなく、
人間がもともと備えている「意味を見出す力」
として捉え直しています。
私たちは皆、
雲に形を見、
物語をつくり、
他者の心を想像しながら生きています。
想像上の友だちは、
その延長線上にある、
ごく自然な心の営みなのかもしれません。
そして、世界が少し違って見えるということは、
世界を少し豊かに感じられるということでもあるのです。
(出典:PLOS One DOI: 10.1371/journal.pone.0325581)

