- 人は尊敬される人の意見を参考にする「プレスティージ心理」で、平等だけではなく序列が生まれうる。
- シミュレーションとオンライン実験で、尊敬への感度が高いと少数が大きな影響力を持ち、集団全体がその人に従う状態になることが分かった。
- 尊敬は進化の中で有利な性質として残ってきた可能性があり、ヒエラルキーは暴力ではなく合意と学習の結果だとされる。
この研究は、アリゾナ州立大学ヒューマン・オリジンズ研究所、アリゾナ州立大学人類進化・社会変化学部、リンカーン大学心理学・スポーツ科学・ウェルビーイング学部、エクセター大学ヒューマン・ビヘイヴィア&文化進化グループによる国際研究チームによって行われました。
私たちはふだん、「人は平等であるべきだ」という感覚を当たり前のように持っています。
とくに、狩猟採集民の社会は「平等主義的だった」というイメージが長く語られてきました。
しかし一方で、現代の私たちの身の回りを見渡すと、影響力の大きな人と小さな人が自然に生まれています。
会社、学校、オンラインコミュニティ、SNS。
誰が何を言うと広まりやすいのか。
誰の意見が重く扱われるのか。
この論文は、その背景にある人間特有の心理メカニズムに焦点を当てています。
キーワードは「プレスティージ(prestige)」、日本語にすると「尊敬にもとづく地位」です。
結論を先に言えば、研究者たちは次のように示しています。
人間は、尊敬できる人に自発的に影響力を与える心理を持っており、その性質だけで、強い影響力の格差が生まれうる。
しかもそれは、暴力や強制によるものではなく、自発的で、互いに利益のあるかたちで起こる。
平等を好むはずの人類が、なぜ自然とヒエラルキーを生むのか。
その問いに、実験・シミュレーション・進化モデルの三方向から迫った研究です。
支配ではなく、「尊敬」がつくる序列
動物の社会では、序列の多くが「力」によって決まります。
強い個体が弱い個体を押さえつけ、食べ物や交配の機会を得る。
いわゆる「ドミナンス(支配)」型のヒエラルキーです。
一方、人間の社会にはもう一つのルートがあります。
・知識が豊富
・問題解決がうまい
・経験がある
・信頼できる
こうした人に対して、私たちは進んで耳を傾けます。
命令されなくても、「あの人の意見を参考にしたい」と感じます。
研究者たちは、この自発的に影響力を与える傾向を「プレスティージ心理」と呼びます。
重要なのは、これは「相手を持ち上げたいから」ではなく、
より良い情報を手に入れるための戦略だという点です。
うまくいっていそうな人の考えを取り入れるほうが、
自分でゼロから試行錯誤するよりも、失敗が少ない。
つまりプレスティージとは、
社会的な礼儀というよりも、生き残りに役立つ学習戦略なのです。
シミュレーションが示した意外な結果
研究チームはまず、コンピュータ上に仮想の集団をつくりました。
そこでは、各個人が
・ときどき新しい考えを思いつく
・多くの場合、誰かの考えをまねる
という行動を繰り返します。
そして、人が誰をまねるかは、
・その人がどれくらい「尊敬されているか」
・どれくらい近い存在か
によって決まる設定になっています。
ここで重要なパラメータが、「尊敬への感度」です。
尊敬への感度が低いとき
→ ほぼ平等な影響力分布になります。
尊敬への感度が高いとき
→ 少数の人に影響力が集中します。
しかも、ある水準を超えると、
ほぼ一人の人物に集団全体が従う状態まで生じました。
つまり、
「尊敬する気持ち」が強いだけで、
トップとその他がはっきり分かれる社会が生まれるのです。
人間は本当にそこまで尊敬に敏感なのか
研究者たちは次に、実際の人間を対象としたオンライン実験を行いました。
参加者は、
青と黄色の点が並んだ画像を見て、
「どちらの色が多いか」を当てる課題を繰り返します。
途中から、参加者は
・自分で答えを出す
・他の参加者の答えを一人選んで参考にする
という選択ができるようになります。
その際に表示される情報は、
・その人が過去に何回選ばれたか(プレスティージ)
・直近の正答率
です。
結果は明確でした。
人は、正答率だけでなく、
「これまでに何度選ばれてきたか」も強く参考にしていました。
しかも、尊敬への感度を数値化すると、
シミュレーションで「強いヒエラルキーが生じる」と予測された水準と、
ほぼ一致していました。
つまり現実の人間は、
ヒエラルキーが生まれやすい心理設定をすでに持っているのです。
尊敬は進化の中で選ばれてきたのか
さらに研究者たちは、
尊敬への感度そのものが進化すると仮定したシミュレーションも行いました。
結果として、
・尊敬に敏感な個体
・能力の差を見分ける感度が高い個体
が、世代を重ねる中で増えていきました。
なぜなら、そのほうが
・より有能な人を見つけ
・より良い選択をし
・結果的に利益を得やすい
からです。
つまりプレスティージ心理は、
進化的に有利な性質として保存されてきた可能性が高いと示されました。
やさしいヒエラルキーという考え方
この研究が示すヒエラルキーは、
・殴られて従う
・脅されて従う
というものではありません。
・役に立ちそうだから従う
・信頼できるから従う
という、合意にもとづくヒエラルキーです。
リーダーは、
フォロワーから利益を奪う存在というより、
価値を提供する存在である必要があります。
だからこそ、人々は自発的に影響力を与え続けます。
平等か、ヒエラルキーか、ではなく
この研究は、
「人類はもともと完全に平等だった」
という単純な物語に疑問を投げかけます。
同時に、
「ヒエラルキー=悪」
とも言っていません。
人間は、
・平等を求める気持ち
・尊敬に従う気持ち
その両方を持っています。
私たちの社会にある影響力の差は、
誰かの陰謀というより、
人間の学習本能から自然に立ち上がってくる現象なのかもしれません。
そしてそれは、
うまく機能すれば、
集団全体をより賢くする仕組みにもなり得ます。
やさしい尊敬が、
静かに序列をつくる。
この研究は、
その不思議な人間らしさを描き出しています。
(出典:nature communications DOI: 10.1038/s41467-026-68410-7)

