- 心理的資本は希望・楽観・レジリエンス・自己効力感の4つの要素で成り立つと考えられている
- 感情調整は認知的再評価と表出抑制の2つの側面があるが、後者を長く続けると疲れやすくなることがある
- 中国の小学校の教員606人を対象に、心理的資本が感情調整を通じて自己効力感に影響する順序を縦断的に検証した研究である
心理的な強さは、どこで効いてくるのか
教師の仕事は、知識を教えることだけではありません。教室では、子どもたちの反応、保護者との関係、同僚や管理職とのやり取りなど、感情が大きく揺さぶられる場面が日常的に生じます。その中で、「自分はうまくやれている」「このクラスを任せられる」という感覚を保ち続けることは、決して簡単なことではありません。
教育心理学では、このような教師自身の手応えや自信を「教師自己効力感」と呼びます。これは、教師が授業や学級運営を効果的に行えると信じている度合いを指します。近年、この自己効力感を支える要因として注目されているのが、「心理的資本」と「感情調整」です。
今回紹介する研究は、中国の小学校教師を対象に、心理的資本がどのような経路を通じて教師自己効力感を高めていくのかを、時間の流れを含めて検討したものです。
心理的資本とは何か
心理的資本とは、仕事や困難に向き合う際の前向きな心理的リソースのまとまりを指します。この研究では、心理的資本を四つの要素から構成されるものとして捉えています。
一つ目は「希望」です。これは、目標に向かって進もうとする意欲と、そこに至るための複数の道筋を考えられる感覚を意味します。
二つ目は「楽観性」です。物事を比較的前向きに捉え、将来について肯定的な見通しをもつ傾向を指します。
三つ目は「レジリエンス」です。失敗や困難に直面しても、そこから立ち直り、再び前に進む力のことです。
四つ目は「自己効力感」です。ただし、ここでいう自己効力感は、教科指導など特定の場面に限らない、より一般的な「自分はやれる」という感覚を指しています。
これらを合わせた心理的資本は、比較的安定した心理的土台として、教師の行動や感情のあり方に影響すると考えられています。
感情調整というプロセス
感情調整とは、自分の感情をそのまま放置するのではなく、状況に応じて気づき、整え、調節するプロセスを指します。
この研究では、感情調整を二つの側面から測定しています。一つは「認知的再評価」です。これは、出来事の捉え方を変えることで感情の強さや質を調整する方法です。たとえば、うまくいかない授業を「失敗」と決めつけるのではなく、「次につながる材料」と捉え直すような働きです。
もう一つは「表出抑制」です。これは、怒りや不安などの感情を外に出さず、表情や態度を抑える方法です。短期的には役立つこともありますが、長期的には疲労や消耗につながる可能性も指摘されています。
感情調整は、その人が持つ心理的資源を、実際の行動や対人関係の中でどう使うかを左右する重要な過程とされています。
教師自己効力感とは何か
教師自己効力感は、「自分は教師としてこの仕事をうまく遂行できる」という信念を指します。この研究では、教師自己効力感を三つの側面に分けて捉えています。
一つ目は「児童生徒の学習意欲を引き出す力」です。関心の薄い子どもにも働きかけられると感じているかどうかが問われます。
二つ目は「指導方法を工夫する力」です。子ども一人ひとりに合わせて授業を調整できるという感覚です。
三つ目は「学級経営を行う力」です。教室の秩序を保ち、落ち着いた学習環境をつくれると感じているかが含まれます。
これらの自己効力感は、教師の行動だけでなく、ストレスや燃え尽きにも深く関係していることが知られています。
この研究で何が調べられたのか
研究者たちは、中国の小学校教師606人を対象に調査を行いました。まず、心理的資本、感情調整、教師自己効力感を同時に測定し、それらの関連を分析しました。
さらに、このうち412人の教師については、3か月ごとに計3回の調査を行い、時間の流れの中で心理的資本が感情調整を通じて自己効力感に影響するかどうかを検討しました。
このような縦断的な方法を用いることで、「関連がある」だけでなく、「どちらが先に起きているのか」という点に踏み込もうとした点が、この研究の特徴です。
心理的資本は感情調整と結びついていた
分析の結果、心理的資本が高い教師ほど、感情調整の力も高いことが示されました。とくに、認知的再評価を用いる傾向が強く、出来事の意味づけを柔軟に変えられる教師が多いことが確認されました。
これは、希望や楽観性、レジリエンスといった心理的資源が、感情に飲み込まれすぎずに状況を見直す力を支えている可能性を示しています。
感情調整は教師の自信と結びついていた
感情調整がうまくできている教師ほど、教師自己効力感も高いことが示されました。感情を整えながら授業や学級経営に向き合えることで、「自分は対応できている」という感覚が育まれていると考えられます。
一方で、感情を抑え込むだけの調整は、必ずしも自己効力感を高めるわけではありませんでした。感情をどう扱うか、その質が重要であることがうかがえます。
心理的資本から自己効力感への道筋
統計的な分析により、心理的資本は教師自己効力感に直接影響するだけでなく、感情調整を介して間接的にも影響していることが示されました。
つまり、心理的資本が豊かな教師は、感情をよりうまく調整でき、その結果として自分の指導や学級運営に対する自信を高めている、という流れが確認されたのです。
時間を追った分析で見えてきたこと
3回の調査データを用いた分析では、心理的資本が先に高い教師ほど、その後の感情調整が向上し、さらにその先で教師自己効力感が高まるという時間的な順序が支持されました。
この結果は、心理的資本が一時的な気分ではなく、後の感情の扱い方や自己認識に影響を及ぼす基盤として機能していることを示しています。
この研究が示す意味
この研究は、教師の自信が単に経験年数や技能だけで決まるものではなく、心理的な資源と感情の扱い方によって育まれていく過程を明らかにしました。
心理的資本を高める取り組みと、感情調整を学ぶ支援を組み合わせることで、教師の自己効力感をより持続的に支えられる可能性が示唆されます。
おわりに
教師の自己効力感は、突然生まれるものではありません。日々の経験の中で、心理的資本という土台が感情調整を通じて働き、その積み重ねとして形づくられていきます。
この研究は、教師の内側で起きている静かなプロセスに光を当てています。教室での困難に向き合う力は、目に見えにくい心理的な資源から育っているのかもしれません。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1764648)

