- 間接的ないじめは、仲間外れやうわさなど、関係や評判を傷つける行為で見えにくく残りやすい。
- それをする人は社交的で周囲の人間関係を読み解く力があり、見つけにくく止めにくいことが多い。
- 対策としては背景の考え方や感情に目を向けた支援が必要で、一律の対策だけでは効果が薄いことがあると指摘されている。
なぜ「間接的ないじめ」をする人が見えにくいのか
学校で起きるいじめというと、殴る、罵る、からかうといった分かりやすい行為がまず思い浮かびます。しかし実際には、そうした露骨な行為だけでなく、もっと静かで、巧妙で、周囲からは気づかれにくい形のいじめが存在します。
それが、この研究で中心的に扱われている「間接的ないじめ」です。
間接的ないじめとは、相手の身体や言葉を直接攻撃するのではなく、人間関係や評判、集団内での立場を傷つける行為を指します。たとえば、仲間外れにする、うわさを流す、関係を断つとほのめかす、集団の空気を使って誰かを孤立させる、といった行為です。
この研究が注目しているのは、「なぜこうした行為を行う人が生まれるのか」、そして「どうすればその人たちを早く見つけ、支援につなげられるのか」という点です。
直接的ないじめと、間接的ないじめの違い
論文では、いじめは大きく「直接的」と「間接的」に分けられています。
直接的ないじめは、身体的・言語的な攻撃が中心で、周囲の大人や第三者にも比較的気づかれやすい特徴があります。
一方、間接的ないじめは、目立たず、証拠も残りにくく、時には匿名で行われます。そのため、被害を受けている側ですら、「これはいじめなのか」と確信できないことがあります。
研究者たちは、間接的ないじめをさらに二つに分けています。
一対一の関係の中で、友情を盾に相手を操作する「関係性攻撃」と、集団を巻き込み、社会的な立場や評判を壊す「社会的攻撃」です。どちらも、相手の心に深い傷を残しやすい行為です。
間接的ないじめをする人は「社交的」で「賢い」ことがある
一般に「いじめをする人は自信がない」「劣等感が強い」というイメージがあります。しかし、この論文が整理している先行研究では、必ずしもそうとは言えないことが示されています。
間接的ないじめを行う人は、むしろ集団の中で人気があり、社会的な立ち回りが上手で、周囲の人間関係をよく理解している場合があります。
誰と誰が仲が良いか、どの言動が相手を傷つけるか、どのタイミングで動けば自分の立場が守られるかを、敏感に察知できるのです。
この「社会的な賢さ」が、間接的ないじめをより見えにくくし、止めにくくしている可能性があると、研究者たちは指摘しています。
認知の力と、間接的ないじめの関係
論文では、間接的ないじめと「考え方の特徴」との関係についても詳しく整理されています。
重要なのは、全体的な知能の高さそのものよりも、「考え方の柔軟さ」や「状況を読み取る力」です。
他人の気持ちを推測する力、反応を予測する力、衝動を抑える力、複数の選択肢を思い浮かべる力などが、間接的ないじめと関係していることが示唆されています。
とくに、社会的な場面で情報をどう受け取り、どう解釈し、どう行動を選ぶかという一連の過程が重要だとされています。
つまり、「考える力」が未熟だからではなく、「特定の考え方の使い方」が、間接的ないじめにつながる場合があるということです。
共感できるのに、思いやれないという矛盾
間接的ないじめを行う人の特徴として、他人の立場を理解する力はあるのに、相手の痛みに心を動かされにくい場合があることも指摘されています。
相手がどう感じるかを「理解する」ことと、その苦しさを「自分のことのように感じる」ことは、必ずしも同じではありません。
この研究では、相手の感情を知的に把握できても、感情的な共鳴が弱い場合、相手を操作する行動に歯止めがかかりにくくなる可能性が示されています。
自尊心と、間接的ないじめ
自尊心も、間接的ないじめと複雑な関係をもっています。
自尊心が低いから相手を攻撃する場合もあれば、高い自尊心が脅かされそうになったときに、相手を貶める行動が出る場合もあります。
また、間接的ないじめによって集団内での優位性を保つことが、自分の価値を守る手段になっているケースもあります。
このため、「自信をつければ解決する」「厳しく叱ればやめる」といった単純な対応では、十分でない可能性が示されています。
家庭環境と学習された関係のあり方
研究では、家庭環境との関連も整理されています。
親子関係の中で、心理的な操作や条件付きの愛情が多い場合、子どもが同じような関係の築き方を学ぶ可能性があることが示唆されています。
これは「親が悪い」という単純な話ではありませんが、人との関わり方は、身近な関係の中で学ばれる側面が大きいことを示しています。
なぜ、従来のいじめ対策が効きにくいのか
論文が強調している重要な点の一つが、「一律のいじめ対策」の限界です。
学校全体に向けた啓発プログラムは、低学年では一定の効果を示すものの、中学生以降では効果が弱まり、場合によっては逆効果になることも報告されています。
とくに、間接的ないじめは、「やってはいけない」と言われるだけでは止まりにくい行為です。
なぜなら、それが本人にとって社会的な成功体験や安心感と結びついている場合があるからです。
「問題行動」ではなく「支援が必要なサイン」として見る
この研究は、間接的ないじめを単なる規範違反として扱うのではなく、「どのような心理的・社会的特徴が関係しているのか」を理解した上で、段階的な支援を行う必要性を訴えています。
小集団での支援や、感情の扱い方を学ぶ機会、関係性を築き直す経験など、より個別化された関わりが重要だとされています。
見えない行動の背後にある「理由」
この論文が伝えているのは、「間接的ないじめをする人にも、そうする理由がある」ということです。
それは免罪ではありませんが、理解なしに止めることは難しい、という現実を示しています。
静かで巧妙ないじめほど、見過ごされやすく、長く続きやすい。
だからこそ、行動の背後にある考え方や感情に目を向けることが、予防と支援の鍵になるのだと、この研究は語っています。
結論を急がず、裁く前に理由を探ること。
それが、見えにくいいじめに向き合うための出発点なのかもしれません。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1595958)

