- お金の量より「感じ方」が老後の人生満足に大きく影響するという研究結果がある。
- 将来の見通しを持てることと、ホープレスネスが低いほど満足度が高くなることが分かった。
- ネガティブな人間関係が経済的不安をホープレスネスへつなぎ、満足度を下げやすい。
老後の安心感はどこから来るのか
人は年を重ねるにつれて、「いくら持っているか」よりも、「この先やっていけると感じられるか」を、より強く意識するようになります。収入が減り、健康や体力への不安が増し、将来を完全に見通すことが難しくなる中で、心の中にある安心感や不安感が、日々の満足感を大きく左右するようになるからです。
老後の生活を考えるとき、数字としての貯蓄額や年金額はもちろん重要です。しかし、それと同じくらい重要なのが、「自分は大丈夫だと思えるかどうか」という主観的な感覚です。この研究は、そうした感覚が人生満足度とどのようにつながっているのかを、心理学的に丁寧に明らかにしようとしています。
「お金の量」ではなく「感じ方」に注目した研究
この研究を行ったのは、アラバマ大学を中心とする研究チームです。研究者たちは、アメリカで50歳以上の人を対象に行われている大規模な全国調査データを用いて分析を行いました。
ここで特徴的なのは、収入や資産といった客観的な経済指標ではなく、「主観的ファイナンシャル・ウェルビーイング」という考え方を中心に据えている点です。これは、「自分の金銭状況をどう感じているか」「今と将来に対して、どれくらい安心感やコントロール感を持てているか」を表す心理的な指標です。
主観的ファイナンシャル・ウェルビーイングとは何か
主観的ファイナンシャル・ウェルビーイングには、いくつかの側面があります。
たとえば、
・日々の支払いをきちんと管理できていると感じているか
・急な出費があっても、何とか対処できると思えるか
・将来の生活について、ある程度の見通しを持てているか
・お金の心配に縛られすぎず、自分で選択して生活できていると感じられるか
といった感覚です。研究者たちは、こうした「感じ方」こそが、高齢期の心の安定や満足感を支える重要な心理的資源であると考えました。
お金への安心感と人生満足度の関係
分析の結果、まず明確に示されたのは、主観的ファイナンシャル・ウェルビーイングが高い人ほど、人生全体に対する満足度も高いという関係です。
これは単に「お金がある人ほど幸せ」という話ではありません。たとえ収入や資産が同程度であっても、「自分はこの先もやっていける」「ある程度コントロールできている」と感じられている人のほうが、人生に対して前向きな評価を持ちやすいことが示されています。
絶望感という「見えにくい媒介要因」
この研究の核心は、ここからです。研究者たちは、主観的ファイナンシャル・ウェルビーイングと人生満足度の間に、「ホープレスネス(絶望感)」という心理状態が介在している可能性に注目しました。
ホープレスネスとは、「将来は良くならない」「努力しても意味がない」といった否定的な見通しを持ってしまう状態を指します。一時的な落ち込みではなく、未来に対する期待そのものが弱まっている感覚です。
不安が未来への見通しを奪っていくプロセス
分析の結果、主観的ファイナンシャル・ウェルビーイングが低い人ほど、ホープレスネスを強く感じやすく、そのホープレスネスが人生満足度を下げていることが明らかになりました。
つまり、「お金の先行きが不安だと感じること」が、直接つらさを生むだけでなく、「どうせ将来も良くならない」という感覚を通して、人生全体の満足感を静かに削っていくのです。
実際、この研究では、主観的ファイナンシャル・ウェルビーイングと人生満足度の関係のおよそ4分の1が、このホープレスネスによって説明できることが示されています。数字としては控えめに見えるかもしれませんが、心理的な要因としては決して小さくない影響です。
支えになる関係と、心をすり減らす関係
さらに研究者たちは、「社会的サポート」の質にも目を向けました。ここで重要なのは、単に「支えてくれる人がいるかどうか」ではありません。
この研究では、
・励ましや理解といったポジティブな関わり
・批判や過干渉、否定的な言動といったネガティブな関わり
の両方を区別して分析しています。
ネガティブな関わりが不安を強める
分析の結果、とくに強い影響を持っていたのは、ネガティブな社会的サポートでした。周囲からの否定的な言動や関係のストレスが多い人ほど、経済的な不安がホープレスネスへと結びつきやすく、その結果として人生満足度がより低下しやすいことが示されました。
一方で、ポジティブなサポートは、一定の緩衝効果は持つものの、ネガティブな関わりを完全に打ち消すほど強力ではありませんでした。つまり、「支えてくれる人がいる」こと以上に、「心をすり減らす関係がどれだけ少ないか」が重要だったのです。
老後のウェルビーイングを支えるために
この研究が示しているのは、老後のウェルビーイングを考える際に、経済的支援だけでは不十分だということです。
・自分の金銭状況をどう感じているか
・将来に対する見通しを持てているか
・否定的な人間関係に過度にさらされていないか
こうした心理的・社会的な要素が重なり合って、人生満足度は形づくられています。
お金の問題は、単なる家計の話ではありません。それは、未来への希望や、自分の人生をどう評価できるかという、きわめて人間的な感覚と深く結びついているのです。老後の安心感とは、通帳の中身だけで決まるものではない。そのことを、この研究は静かに教えてくれています。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1709795)

