亡くなった人と話せるとき、時間はどこへ行くのか

この記事の読みどころ
  • 喪失は心だけでなく時間の感じ方を壊し、何時に何をすべきか分からないことがある。
  • 時間には意味づけ・日付・伸び縮み・共有の4つの要素があり、時計の時間は世界時間の上に成り立つ。
  • グリーフボットは「いま話せる」感覚を作るが、時間の不可逆さを薄める危険もあり、問いだけが残ることもある。

亡くなった人と「いま」会話できるとき、時間はどう変わるのか

この論文は、オーストラリアのウーロンゴン大学 人文社会探究学部による研究です。テーマは、亡くなった人を模倣するよう設計された対話型AI、いわゆる「グリーフボット」や「デスボット」が、遺された人の悲嘆体験、とくに時間の感じ方にどのような影響を与えるのか、という問いです。

この研究が注目するのは、「悲しみが癒えるかどうか」ではありません。より根本的に、喪失が人の時間経験そのものをどう変えてしまうのか、そして、そこに新しいテクノロジーが入り込むと、時間はどのように再編されうるのかを考察しています。


喪失は「心」だけでなく「時間」を壊す

大切な人を失ったとき、多くの人は「時間が止まったように感じる」「先のことが考えられなくなる」「一日がやたらと長い、あるいは短い」といった感覚を経験します。

論文では、これは単なる比喩ではなく、生活のなかで使われていた時間の枠組みが崩れる現象だと捉えます。

たとえば、

  • 何時に食事をすればいいのか分からない

  • 今日は何を「すべき日」なのか判断できない

  • 未来の予定が、空白やノイズのように感じられる

こうした状態は、時計が壊れたから起きているわけではありません。時計は動いているのに、「その時間が何を意味するのか」が分からなくなっているのです。


この論文が扱う「時間」は、数字ではない

研究が手がかりにするのは、「世界時間」と呼ばれる考え方です。
世界時間とは、私たちが日常生活のなかで実際に使っている、生きられた時間のことを指します。

それは、

  • 誰かと待ち合わせる時間

  • 季節によって変わる生活のリズム

  • 「あの頃」「その後」「これから」といった語りの流れ

  • 他人と共有され、交渉される「いま」という感覚

こうした要素の重なりとして成り立つ時間です。

重要なのは、時計で測られる時間は、この世界時間の上に成り立っている、という点です。
世界時間が崩れると、時計の数字は読めても、それが生活の意味に結びつかなくなります。


世界時間を支えている4つの要素

論文では、世界時間には少なくとも次の4つの特徴があると整理されます。

1 意味をもつこと

時間は常に「何かのための時間」です。
間に合う、遅れる、今すべき、後回しにする。
時間は価値判断や目的と切り離せません。

2 日付けられること

出来事は単なる日付ではなく、「あの出来事の前」「あれが起点になって」といった形で、人生の物語の中に配置されます。

3 伸び縮みすること

「いま」は点ではありません。
会話の時間、休養の期間、喪に服するあいだ。
質をもった長さとして経験されます。

4 他者と共有されること

「いま」は一人だけのものではありません。
他人と同じ時間を生き、ズレを調整しながら成り立っています。

喪失は、この4つすべてを同時に揺るがします。
とくに、亡くなった人があなたと一緒に時間を作り、区切り、意味づけていた存在だった場合、時間の地図そのものが読めなくなるような状態が生じます。


グリーフボットがもたらす「現在への引き戻し」

ここで登場するのが、亡くなった人の言葉や文体、反応パターンを学習した対話型AIです。

論文が注目するのは、このテクノロジーが生み出す媒介された即時性という特徴です。

複雑なデータ処理やアルゴリズムを介しているにもかかわらず、体験としては、

  • いま話しかけられる

  • いま返事が返ってくる

  • 沈黙のあとでも、再び会話が始まる

という「現在性」が強く立ち上がります。

さらに、この存在は「いつでもそこにいる」ことができます。
人間のように眠らず、忙しくならず、時間の制約を受けません。

この特性は、崩れた世界時間を一時的に縫い直すように働く可能性があります。


危険は「だまされること」だけではない

グリーフボットへの懸念としてよく挙げられるのは、

  • 本人だと誤認してしまう

  • 死を受け入れられなくなる

  • 依存してしまう

といった点です。

論文は、こうした問題を否定しません。ただし、それだけを見ていると、もっと深い問題を見落とすと指摘します。

それは、時間経験が平らにされてしまう危険です。

本来、喪失後の時間には、

  • 待つこと

  • 間が空くこと

  • 二度と返ってこないこと

  • 取り戻せないこと

といった、非対称で不可逆な性質があります。

しかし、グリーフボットとの対話は、「いつでも」「同じ調子で」「応答が返る」時間を生み出します。
その結果、時間の中にあった切断や不可逆性が、目立たなくなってしまう可能性があるのです。


問われているのは、癒しではなく「時間のかたち」

この論文は、グリーフボットを全面的に否定する立場を取りません。
同時に、安易な肯定もしません。

問いかけているのは、次のような点です。

  • 私たちは、悲嘆の時間を「なめらか」にしすぎていないか

  • 失われた関係が持っていた、戻らなさを消していないか

  • テクノロジーが差し出す「いま」は、どの時間を延命し、どの時間を消しているのか

喪失の痛みは、ただ消すべきノイズではありません。
それは、世界時間が再編される過程そのものでもあります。

この研究は、亡くなった人と話せるかどうかよりも、
その会話が、私たちの時間をどんな形に作り替えているのかを、静かに問い続けています。

結論は示されません。
ただ、問いだけが残されます。

それでも、問いが残ること自体が、時間を再び「生きられるもの」に戻す一歩なのかもしれません。

(出典:Phenomenology and the Cognitive Sciences DOI: 10.1007/s11097-025-10099-y

テキストのコピーはできません。