- 体外離脱体験は、意識が体の外にあると感じる現象で、現実感は強く多様な体験として語られる。
- 起きる状況は瞑想や穏やかな状態など安定したときが多く、必ずしも自分で起こそうとしたわけではない。
- 体験後の解釈は人それぞれで確定しにくく、意識の幅を考える手がかりになると示されている。
体から離れたとき、何が起きているのか
私たちはふだん、自分という存在が「この体の中」にあると疑いません。目で見て、耳で聞いて、皮膚で触れ、そうした感覚の中心に「私」がいると感じています。しかし、ときどきその前提が静かに崩れる体験をする人がいます。
それが「体外離脱体験(アウト・オブ・ボディ・エクスペリエンス)」です。
体外離脱体験とは、自分の意識が一時的に身体の外にあるように感じられる体験を指します。天井から自分の体を見下ろしたり、体とは別の場所を移動しているように感じたりすることがあります。この現象は古代から多くの文化で語られてきましたが、現代科学においても、その正体ははっきりしていません。
今回紹介する研究は、「体外離脱体験をどう説明できるか」を外側から定義しようとするのではなく、「実際に体験した人は、それをどう理解しているのか」に正面から向き合ったものです。研究を行ったのは、スペイン・バルセロナ自治大学の心理学研究チームです。
研究の特徴は「当事者の語り」を中心にしたこと
これまでの体外離脱体験研究は、脳や神経の異常、心理的な解離反応など、外部から説明する試みが中心でした。しかしこの研究では、そうした仮説をいったん脇に置き、「体験がどのように始まり、どう感じられ、どんな意味をもったのか」を、本人の言葉から丁寧に拾い上げています。
研究者たちは、体外離脱体験をしたことのある10人に対し、1時間ほどの半構造化インタビューを行いました。対象者は21歳から56歳までで、精神疾患や神経疾患の診断を受けていない人に限定されています。また、臨死体験に近い状況ではなく、日常生活の中で起きた体験のみが対象とされました。
分析では、次の5つの観点が用いられています。
・体験しやすさに関わる要因
・体験を引き起こしたきっかけ
・体験中に何が感じられたか
・体験後に何が変わったか
・体験をどう解釈しているか
体験は「夢」ではなく、「現実より現実的」
まず強く印象的なのは、参加者全員が体外離脱体験を「現実の出来事」として語っている点です。
夢や幻覚のように曖昧なものではなく、「今、机に触っている感覚と同じくらい現実だった」と表現する人もいました。
体験の内容は人によって大きく異なります。
ベッドに横たわっている自分を天井から見た人もいれば、暗い通路のような場所に突然いると感じた人、遠くの街や国を訪れたと語る人もいました。
共通しているのは、「自分の視点が体から離れている」という感覚です。
感情もさまざまで、深い安心感や平和を感じた人がいる一方、「戻れなくなるのではないか」という強い恐怖を感じた人もいました。それでも多くの人が、「怖かったが、現実感は失われなかった」と語っています。
何がきっかけで起きたのか
体外離脱体験が起きた状況も一様ではありません。
瞑想やリラクゼーションの最中に起きた人、静かにベンチに座っていたときに起きた人、性的なクライマックスの直後に起きた人、薬物の影響下で起きた人もいました。
ただし、共通して多かったのは「落ち着いた状態」にあったことです。緊張や混乱の最中というより、意識が内側に向いているときに起きやすい傾向が見られました。
一方で、本人が「体外離脱を起こそう」と強く意図していたケースは少数でした。多くは予期しない形で突然起きています。
体験後、人生は変わったのか
体外離脱体験は、必ずしも人生観を大きく変えるとは限りませんでした。
「死が怖くなくなった」と語った人もいましたが、ほとんどの参加者は「もともとの考え方が確認されたにすぎない」と述べています。
興味深いのは、体験を何度も繰り返している人ほど、「日常の悩みが相対的に小さく感じられる」と語る傾向があった点です。
一度きりの体験では大きな変化は起きにくく、繰り返し体験することで、ものの見方が少しずつ変わっていく可能性が示唆されています。
また、体験を他人に話すことには慎重な人が多く、「変に思われるのが怖い」「精神的におかしいと思われたくない」という理由で、誰にも話していない人もいました。
当事者は、この体験をどう説明しているのか
研究者にとって最も重要だったのは、「本人がどう解釈しているか」です。
結論から言えば、明確な答えを持っている人はほとんどいませんでした。
「よくわからない」「たまたま起きたことだと思う」と語る人もいれば、「意識が体を超えて広がったように感じた」「別の次元に触れた感覚があった」と語る人もいました。
一人だけは、「薬物による知覚の変化だと思う」と、完全に生理的な説明を選んでいます。
重要なのは、どの解釈も「押しつけ」ではないことです。
参加者たちは、自分の体験を断定的に説明しようとはせず、「そう感じた」「そう考えるようになった」と、あくまで主観として語っています。
研究が示しているもの
この研究は、「体外離脱体験の正体」を決定づけるものではありません。
しかし、ひとつ重要なことを示しています。
それは、体外離脱体験が、本人にとっては「現実であり、意味のある体験」として存在しているという事実です。
脳の誤作動かもしれない、心理的な反応かもしれない。そうした説明が可能であっても、それだけでは体験の全体像は捉えきれない、ということが浮かび上がります。
研究者たちは、体外離脱体験を「異常」として片づけるのではなく、人間の意識が持つ幅や柔軟性を考える手がかりとして捉える必要があると指摘しています。
意識は本当に、体の中にだけ閉じ込められているのか。
その問いは、まだ開かれたままです。
(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2025.1566679)

