専門家が語ると、人は信じてしまうのか ― UFO陰謀論における“権威”の不思議な力

この記事の読みどころ
  • UFO関連の投稿は「専門家」という言葉で信頼感を高めるが、それは必ずしも科学的合意を意味しないことが多い。
  • 感情と権威を重視し、ただ質問を投げかける形で不信を煽り、視覚情報が説得力を強めることが多い。
  • 専門家のイメージは白人男性で30〜60代、スーツ姿が多く、女性が専門家として登場することは少ない。

なぜ、UFOの話は「専門家」が出てくると本物らしく見えるのか

UFOやエイリアンに関する話題は、長年にわたって人々の関心を集め続けてきました。
しかし近年、その語られ方には、ある特徴的な変化が見られると研究者たちは指摘しています。

それは、「専門家」や「科学者」とされる人物が、UFOやエイリアンの存在を裏づける存在として頻繁に登場するようになっている、という点です。

この論文は、ポーランドのコズミンスキー大学と、ハーバード大学バークマン・クライン・センターの研究チームによって行われました。
研究の目的は、UFO関連の陰謀論において、“専門家という存在”がどのような役割を果たしているのかを、ソーシャルメディア上の実際の投稿をもとに明らかにすることでした。


陰謀論は「単なる空想」ではない

研究者たちはまず、陰謀論そのものを「非合理な人だけが信じるもの」とは捉えていません。

論文では、陰謀論は

  • 世界の複雑さを単純な物語で説明したい欲求

  • 不安や無力感への対処

  • 「自分だけが真実を知っている」という感覚
    といった、人間にとってごく自然な心理的動機と深く結びついていると説明されています。

そのため、UFO陰謀論も、単なる娯楽やオカルトではなく、社会的・心理的な背景をもった現象として分析されます。


研究者たちは何を調べたのか

この研究では、X(旧Twitter)上のUFO関連投稿が分析対象となりました。

調査は以下のような手順で行われています。

  • 「#UFO」「#UAP」「#Aliens」などのハッシュタグを含む投稿を収集

  • 2022年3月から2023年11月までの期間を対象

  • 各ハッシュタグから「最もいいねが多い投稿」を抽出

  • 「専門家」「科学者」という言葉を含む投稿を分析

最終的に、100件の投稿が詳細に分析されました。

さらに、投稿内容だけでなく、

  • 画像や動画の有無

  • 感情的な表現

  • 論理的な説明の有無

  • 引用されている「専門家」の種類
    なども細かく分類されています。


UFO陰謀論で使われる「専門家」とは誰なのか

分析の結果、研究者たちは「専門家」という言葉が、非常に幅広く使われていることを明らかにしました。

論文では、UFO関連の言説に登場する専門家は、主に以下のように分類されています。

  • 科学者(物理学、天文学などに所属するとされる人物)

  • 自称研究者やUFO研究家

  • UFOの目撃者

  • ジャーナリストや元軍関係者

ここで重要なのは、必ずしもUFO研究を専門とする科学者ばかりではないという点です。
別の分野の研究者の発言が、文脈を切り離されて引用されるケースも多く見られました。


「科学者が言っている」という説得力

100件の投稿のうち、約半数にあたる投稿では、
「科学者が確認した」「NASA関係者が認めた」
といった形で、専門家の権威が強調されていました。

しかし、論文では次の点が繰り返し指摘されています。

  • 個々の科学者の発言は、科学的合意を意味しない

  • 論文や具体的データへの言及がない場合が多い

  • 「研究がある」という言葉だけが使われ、内容は示されない

それでも、「科学者」という肩書きがあるだけで、投稿の信頼性が高く見えてしまう傾向があることが明らかになりました。


感情に訴える語り方が主流だった

分析では、アリストテレスの修辞学に基づき、投稿が

  • 論理(ロゴス)

  • 信頼性・権威(エトス)

  • 感情(パトス)

のどれに訴えているかも分類されています。

その結果、UFO陰謀論の投稿では、
論理的説明よりも、感情と権威への訴えが圧倒的に多い
ことが示されました。

怒り、不信感、恐怖、興奮といった感情を刺激する言葉が多用され、
「政府は真実を隠している」
「科学界は圧力を受けている」
といった構図が繰り返し描かれていました。


「ただ質問しているだけ」という戦略

研究者たちが特に注目したのが、
「ただ疑問を投げかけているだけ」という語り方です。

「なぜ政府は説明しないのか?」
「なぜこの研究は無視されているのか?」

こうした問いは、一見すると中立的に見えます。
しかし論文では、この手法が

  • 科学的説明への不信を強め

  • 「隠された真実があるはずだ」という印象を残す
    という効果を持つことが指摘されています。

直接的な主張を避けることで、反論されにくくなる点も特徴です。


視覚情報が信憑性を高めていた

投稿の多くには、画像や動画が添えられていました。

  • 不鮮明な映像

  • 正体不明の光

  • 専門家が話しているように見える動画

これらの視覚情報は、内容の正確性とは無関係に、
「本物らしさ」を強める役割を果たしていました。

論文では、視覚的要素が陰謀論の説得力を高める重要な要因であると結論づけています。


専門家のイメージにも偏りがあった

興味深いことに、UFO陰謀論で引用される専門家のイメージにも偏りが見られました。

多くの場合、

  • 白人男性

  • 30〜60代

  • スーツや白衣姿

といった、典型的な「権威ある科学者像」が繰り返し使われていました。
一方で、女性は専門家として登場することが少なく、目撃者として描かれる場合が多かったと報告されています。


この研究が示していること

この論文が明らかにしたのは、
UFO陰謀論が「専門家の権威」「感情」「視覚情報」を巧みに組み合わせて広がっている
という構造です。

研究者たちは、

  • 科学的議論と陰謀論を見分ける力

  • 専門家の発言を文脈ごと理解する姿勢

  • 感情的に反応する前に立ち止まる習慣

の重要性を強調しています。

UFOの存在そのものを否定・肯定する以前に、
「誰が、どの立場で、どのように語っているのか」
を見極めることが、現代の情報環境では欠かせないと、この研究は静かに示しています。

(出典:humanities and social sciences communications DOI: 10.1057/s41599-025-04799-8


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