なぜ人は「無視」してしまうのか?

この記事の読みどころ
  • 無視は話さない・返事しない・目を合わせないなど、関係を静かに傷つける意図的な回避の形です。
  • なぜ起きるかは、感情のコントロールや性格の特徴、相手を操る意図、考えすぎる癖、関係の状態などが関係しています。
  • 無視されると相手は自尊心が下がり孤独を感じ、無視する側も感情の疲労や後悔を招くことがあり、長く続くと対話が難しくなることがあります。

― 親密な関係における“無視”の心理メカニズム ―

怒鳴るわけでもない。
別れを告げるわけでもない。
ただ、話しかけない。

それが「無視」です。

インドのCentral University of Karnataka心理学部を中心とする研究チームが、親密な成人関係における「無視(silent treatment)」の原因と結果をまとめた系統的レビューを発表しました。論文はFrontiers in Psychologyに掲載されています。

この研究は、過去の実証研究15本を統合し、「なぜ人は無視するのか」「無視されると何が起きるのか」を整理したものです。

無視は単なる態度の問題なのでしょうか。
それとも、もっと深い心理の働きなのでしょうか。


無視とは何か

論文では、無視を「意図的なコミュニケーション回避」と定義しています。

・話しかけない
・返事をしない
・目を合わせない
・感情的に距離を置く

これらはすべて無視の一形態です。

研究では、無視は「関係特有の社会的排除(ostracism)」の一種とされています。
大声の拒絶ではなく、静かな排除です。

特徴的なのは、無視は言葉を使わずに関係を揺さぶる行動だという点です。


なぜ人は無視するのか

① 感情をコントロールするため

多くの研究で共通していたのは、「感情調整」が主要な動機であることでした。

強い怒りや失望を感じたとき、
そのまま話すと関係が壊れそうなとき、
人は無視という方法を選ぶことがあります。

これは一種の感情焦点型コーピングです。
その場の怒りや衝動を抑えるための行動です。

しかし論文は指摘します。
短期的には落ち着けても、長期的には親密さを削っていく可能性が高い、と。


② 性格特性との関係

いくつかの横断研究では、

・協調性が低い
・神経症傾向が高い
・自己評価が低い

といった傾向を持つ人ほど、無視を使いやすいことが示されています。

神経症傾向の高さは、感情の揺れやすさと関係します。
協調性の低さは、対立状況での妥協の難しさと結びつきます。

つまり無視は、その人の気質と無関係ではありません。


③ 相手をコントロールするため

一部の研究では、無視は「操作戦略」として分類されています。

直接怒る代わりに、
無視することで相手に不安や罪悪感を抱かせる。

これは、コストが低く影響が大きいパワー行使と考えられています。

特に「冷淡さ」や「衝動性」が高い場合、
操作的な無視が増える傾向があると報告されています。


④ 考えすぎる心 ― 反すう

出来事を繰り返し思い返す「反すう」も重要です。

「どうして分かってくれないのか」
「自分ばかり傷ついている」

と考え続ける人ほど、無視を選びやすいことが示されています。

興味深いのは、「再評価(cognitive reappraisal)」が短期的には無視を増やすが、長期的には減らす傾向がある点です。

つまり、無視が「冷却期間」として使われることもあるのです。


⑤ 関係の状態

無視は個人の問題だけではありません。

・気持ちを分かってもらえない
・感情的に無視されていると感じる
・関係へのコミットメントが低い

こうした関係条件がそろうと、無視は増えます。

特に「言わなくても分かってほしい」という期待が裏切られたとき、無視は抗議のメッセージとして現れます。


無視されると何が起きるのか

① 無視された側

受け手は、

・所属感の低下
・自尊心の低下
・存在価値の揺らぎ
・孤独感

を強く経験します。

実験研究では、
視線をそらされるだけでも排除感が高まることが示されています。

無視は、脳レベルで「社会的痛み」として処理される可能性があると論文は述べています。

つまり、無視は本当に「痛い」のです。


② 無視する側

無視する側も無傷ではありません。

・怒りの持続
・後悔
・感情的疲労
・問題解決能力の低下

が報告されています。

好意的な相手を無視するとき、
自己制御のエネルギーが消耗することも示されています。

無視は守りの戦略であると同時に、自己消耗的でもあります。


無視は絶対に悪いのか

論文は単純な善悪判断をしていません。

短期的な感情調整としての無視は、
一時的に機能する場合もあります。

重要なのは、そのあとに対話があるかどうかです。

無視 → 冷却 → 対話
であれば、内省や理解につながる可能性があります。

しかし、無視が長期化するとき、
それは慢性的回避パターンになります。


研究が示した全体像

15本の研究を統合した結果、無視は

・感情調整
・性格傾向
・操作的動機
・認知スタイル
・関係の状態

が重なって生じる「多決定的行動」であると結論づけられました。

無視は単なる未熟な態度ではありません。
それは、脅かされた自己、裏切られた期待、揺れる感情が交差する地点で生まれる行動です。


無視は何を伝えているのか

無視は、何もない状態ではありません。

そこには

「傷ついた」
「分かってほしい」
「これ以上傷つきたくない」

というメッセージが含まれていることがあります。

しかし、そのメッセージは最も届きにくい方法で発せられています。

無視は、関係の終わりではなく、
言葉にできなかった感情の表現なのかもしれません。

その先に対話があるのか。
それとも断絶が固定化されるのか。

それは、私たちが無視をどう受け取り、どう応答するかにかかっています。

そして問いは残ります。

あなたが無視しているとき、
あなたは本当は何を伝えたかったのでしょうか。

あなたが無視されたとき、
そこにどんな感情があったでしょうか。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1659694

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