- 研究は1986年から2025年までに発表された42本の査読付き研究を整理したスコーピングレビューです
- 仕事と学業の関係性・支援・健康・成績・キャリア形成・アイデンティティの6つの領域に分類されます
- 影響は働く時間数より、仕事と学業の噛み合い方や環境・支援の質に左右され、長期的な変化や支援の効果など今後の課題があります
働きながら学ぶという状態は、心に何をもたらすのか
大学で学びながら仕事もしている学生は、今では珍しい存在ではありません。
学費の負担、将来への不安、実務経験の必要性など、さまざまな理由から、多くの学生が「学業と労働」を同時に引き受けています。
しかし、この状態が人の心理や生活にどのような影響を及ぼしているのかについては、意外なほど整理されていません。
ストレスの話、成績の話、キャリア形成の話など、研究は存在していても、それぞれが別々の文脈で語られてきました。
この論文は、そうした断片的な知見を一度まとめ直すために行われた、心理学分野のスコーピングレビューです。
働きながら学ぶ学生について、これまでどんな研究が行われ、何がわかっていて、何がまだ十分に検討されていないのかを、広い視野から整理しています。
研究はどのように行われたのか
著者らは、心理学系の主要な学術データベースを用いて検索を行い、発表年を限定せずに研究を収集しました。
対象となったのは、大学生や大学院生など、学業と有償労働を同時に行っている学生を扱った、査読付きの実証研究です。
その結果、1986年から2025年までに発表された42本の研究が選ばれました。
量的研究、質的研究、混合研究が含まれており、調査国や文化的背景も多様です。
このレビューの目的は、「正解」を決めることではありません。
心理学の中で、働く学生がどのように語られてきたのか、その全体像を描くことにあります。
働く学生をめぐる研究の全体像
整理された研究テーマは、大きく分けて6つの領域に集約されました。
仕事と学業の関係性
最も多く研究されていたのは、仕事と学業の「あいだ」で起きる心理的なプロセスです。
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仕事が学業を妨げる「葛藤」
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仕事が学業を助ける「促進」
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両者の境界がどれだけうまく調整されているか
こうした点が、繰り返し検討されてきました。
注目すべきなのは、単に「働いているか」「何時間働いているか」よりも、
仕事と学業がどれだけ噛み合っているかのほうが、心理的な状態と強く結びついていた点です。
支援や資源の役割
次に多かったのは、周囲からの支えや、個人が持つ資源に関する研究です。
家族、教員、職場の上司、大学の制度などからの支援は、
ストレスの軽減だけでなく、学業への意欲や将来への見通しとも関係していました。
また、柔軟性や自己評価、レジリエンスといった個人特性が、
仕事と学業の両立をどのように助けるかを検討した研究も含まれています。
健康、ストレス、回復
心理的健康やストレスは、この分野で最も研究が集中しているテーマでした。
複数の研究が共通して示しているのは、
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学業に関する燃え尽き感は、仕事由来のものより強く出やすい
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忙しさの中で、睡眠や回復が後回しにされやすい
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常時対応を求められるデジタル環境が負担を増やす
といった傾向です。
一方で、「仕事から離れて休めば回復する」と単純に言えるわけではなく、
回復の効果は状況によって大きく変わることも示されています。
学業への関与と成績
働くことが学業成績に悪影響を与える、という単純な見方は、このレビューでは支持されていません。
労働時間だけを見た場合、成績との関連は限定的であり、
むしろ大学側の支援環境や、仕事と学業の関係の質が重要である可能性が示されています。
キャリア形成とのつながり
一部の研究では、学業と並行した仕事経験が、
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将来のキャリアの見通し
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自分の適性理解
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職業的な自信
と関連していることが示されていました。
ただし、その影響は一様ではなく、
仕事の内容や学習との結びつき方によって結果が異なっています。
アイデンティティと社会的な位置づけ
質的研究では、「働く学生」が学生でもあり労働者でもあるという、
中間的な立場に置かれていることが詳しく描かれていました。
職場でも大学でも「完全には属していない」と感じる経験は、
所属感や自己理解に影響を与える可能性があります。
また、経済的制約や時間の不足といった構造的な問題も、
心理的な体験と切り離せない要因として扱われていました。
この研究はどこで行われたのか
こうした広範な研究整理は、イタリアのフォッジャ大学(University of Foggia)人文学部に所属する研究者によって行われました。
心理学・教育・労働を横断する視点から、既存研究を体系的にまとめています。
このレビューが示している重要な点
42本の研究を横断して見えてくるのは、
働くこと自体が問題なのではないという点です。
心理的な影響を左右しているのは、
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仕事と学業の噛み合い方
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周囲の理解や柔軟性
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回復や支援にアクセスできるかどうか
といった、関係性と環境の質でした。
「何時間働いているか」だけでは、
働く学生の現実は説明しきれないことが、一貫して示されています。
これから残されている問い
著者らは今後の課題として、
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長期的な変化を追う研究の不足
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支援や制度が実際に何を変えるのかという検証の少なさ
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経済的・社会的背景を組み込んだ視点の必要性
を挙げています。
働きながら学ぶという状態は、
個人の努力だけで成り立っているわけではありません。
このレビューは、
「両立できるかどうか」を個人の問題として片づけてよいのか、
その前提そのものを静かに問い直しています。

