顔にあらわれる感情は、どこまで同じで、どこから違うのか

この記事の読みどころ
  • 自発的な感情表情は文化を超えて基本は似ているが、強さや頻度は文化で異なる。
  • ポーズ表情は文化ごとに作り方が変わり、非言語アクセントとして差が大きくなる。
  • 普遍と文化は二層構造で、生物学的基盤に文化的ルールが重なると考えられている。

―感情表情の「普遍性」と「文化差」を、産出という視点から考える

人の顔は、言葉を使わずに多くのことを伝えます。
うれしいときの笑顔、こわいときに見開かれる目、怒ったときに寄る眉。
こうした表情は、私たちが意識しなくても自然に浮かぶもののように感じられます。

一方で、「日本人は感情をあまり表に出さない」「欧米の人は表情が大きい」といった言い方も、日常的によく聞かれます。

では、感情の表情は本当に世界共通なのでしょうか。
それとも、文化によって大きく異なるのでしょうか。

この問いに正面から向き合ったのが、カナダ・モンクトン大学心理学部ローレンシャン大学心理学部の研究チームによる系統的レビュー研究です。

この研究は、「感情表情をどう認識するか」ではなく、「人はどのように表情を作り出しているのか」という**産出(プロダクション)**の側面に注目しています。


これまでの議論は「見る側」中心だった

感情表情研究の歴史では、長い間「この表情を見たとき、人はそれを正しく理解できるか」という**認識(レコグニション)**が中心に調べられてきました。

その中で有名なのが、「怒り・恐怖・悲しみ・嫌悪・驚き・幸福」といった基本感情は世界共通であるという考え方です。

しかし、研究者たちは次第に気づきます。

そもそも、人が作り出す表情そのものが文化によって違っていたら、
認識の違いも、その影響を受けているのではないか。

つまり、見る側だけでなく、作る側を調べる必要がある、という発想です。


このレビュー研究は何をしたのか

研究チームは、1972年から2024年までに発表された論文を大規模に検索し、
文化の違いと感情表情の産出を扱った21本の査読付き論文を選び出しました。

そして、研究内容を次の4つに分類しました。

  1. 自然に生じた表情(自発的表情)

  2. 指示されて作った表情(ポーズ表情)

  3. 両方を比較した研究

  4. インターネット画像などを使った特殊な方法

この分類が、非常に重要な意味を持つことになります。


自発的表情は、かなり共通している

まず、自発的表情とは、
映画を見て泣く、嫌なにおいで顔をしかめる、勝負に勝って思わず笑う、
といった実際の感情体験から自然に生じる表情です。

レビューされた研究の多くで、次の傾向が示されました。

  • 幸福、悲しみ、恐怖などの表情は
    文化が違っても基本的な形はよく似ている

  • 子どもや乳児でも、同様のパターンが見られる

たとえば、日本・中国・アメリカの乳児を比べた研究では、
怒りや恐怖の表情の種類そのものに大きな差は見られませんでした。

つまり、

人は、生まれつきある程度共通した「感情の出し方」を持っている可能性が高い

ということが示唆されます。


ただし「強さ」や「頻度」は文化で変わる

形は似ていても、どれくらい強く出るかどれくらい頻繁に出るかには違いがありました。

  • 個人主義的な文化圏
    → 表情がはっきり出やすい

  • 集団主義的な文化圏
    → 表情を弱めたり抑えたりしやすい

特に東アジアの文化では、
社会的調和を重視するため、強い感情を表に出さない傾向が報告されています。

重要なのは、

まず共通の表情が一瞬あらわれ、
その後に文化的な「調整」が入る

という時間的な順序が示唆されている点です。


ポーズ表情では文化差が大きくなる

次に、ポーズ表情とは、

「怒った顔をしてください」
「悲しい表情を作ってください」

と指示されて意識的に作る表情です。

この場合、結果は大きく異なりました。

  • 使われる顔の筋肉の組み合わせに
    文化特有のクセが現れる

  • 同じ感情ラベルでも、表情の作り方が異なる

研究では、これを非言語アクセントと呼んでいます。

言葉に方言があるように、
表情にも文化ごとの「なまり」がある、という考え方です。


なぜポーズ表情で差が広がるのか

研究者たちは、こう考えています。

  • 自発的表情
    → 自動的・生物学的な仕組みが強い

  • ポーズ表情
    → 学習や社会規範の影響を受けやすい

つまり、

ポーズ表情は「感情そのもの」よりも、
「文化が教えてきた表し方」を反映しやすい

ということです。


子どもでも同じ傾向が見られる

興味深いのは、こうした傾向が子どもでも確認されている点です。

  • 幼児の自発的表情は文化差が小さい

  • 年齢が上がるにつれ、文化的な調整が増える

これは、

表情の「基本形」は早くから存在し、
その上に文化的ルールが少しずつ重なっていく

という発達モデルを示唆します。


「普遍か文化か」という二択は間違いかもしれない

このレビュー研究の最大の結論は、とても静かなものです。

感情表情は、

  • 完全に普遍でもない

  • 完全に文化的でもない

のです。

より正確には、

自発的なレベルでは普遍性が強く、
意識的に作るレベルでは文化差が大きくなる

という二層構造が見えてきます。


認識研究の結果がバラバラだった理由

これまでの研究で、

  • 普遍性を支持する結果

  • 文化差を示す結果

が入り混じっていた理由も、ここから説明できます。

使われていた刺激が、

  • 自発的表情だったのか

  • ポーズ表情だったのか

で、結果が変わっていた可能性が高いのです。


この研究が投げかける問い

このレビューは、私たちに次の問いを残します。

  • 私たちは、相手の「感情」を見ているのか

  • それとも、相手の「文化的な表現スタイル」を見ているのか

おそらく、その両方なのでしょう。


まとめ

この研究が示しているのは、次のような姿です。

  • 人間には、共通した感情表情の土台がある

  • その上に、文化ごとの表現ルールが重なっている

  • どちらか一方だけを見ると、全体像を見誤る

顔は、生物学と文化が交差する場所にあります。

感情表情は、
「世界共通の人間らしさ」と
「それぞれの社会で育まれた生き方」が
同時に刻まれた、静かな記録なのかもしれません。

そして私たちが誰かの表情を読むとき、
その奥には、個人だけでなく、その人が生きてきた文化の歴史も、そっと映り込んでいるのかもしれません。

(出典:Frontiers in Psychology DOI: 10.3389/fpsyg.2026.1699374

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